4人目を妊娠中に家出したシングルマザーが、子供たちと一緒に楽しく奮闘する記録です。
昨日の親が子を殺す事件の多発で、
家でも話題になったことで、

子ども達が不安を感じていないか心配になり、
聞いてみた。

「お母さん、子ども殺すと思う?」
と聞いてみた。

「殺さへんと思う。」
というので、

「なんで?」
と聞いてみると、

「『子ども思い』やから。」
ふ〜ん。『子ども思い』と思って貰っているのは有難い。

「まあ、お母さんは『良いお母さん』じゃないから大丈夫かな。
みんな、『良いお母さん』でいなければいけないって頑張りすぎかな?」

「???」
「みんな『お母さん』が『子ども』を守らないといけないと思ってる。
でも、『子ども』」が『お母さん』を守ることもできるでしょ。

うちの子は『子ども』」が『お母さん』をまもっているでしょ。
『子ども』にしんどいと言えるし、言ったら聞いてくれる。」

うんうんと子ども達。
「みんな、『良いお母さん』は頑張らないといけないとおもってる。
しんどくてもしんどくても、子どもには頼ってはいけないとおもってる。

だんなさんや、他の人に頼れなければこどもに頼ったらいいと思う。
子どもはそんなに頼りなくないもんね?」

うんうん、と子ども達。
「だからお母さんはきっと大丈夫。」

頼りにされた子ども達は嬉しそう。
でも・・・ちょっとわたしの場合は頼りすぎかも。
最近、が子供をす事件が多発している。
平等の観点から言うと、

されたりする危険があるので、
 声をかけられても付いていかない。」

と同様に、
にも注意しなさい。」と言わなければいけないんだろうか。

子供がされた事件が報道する中、
小4の息子が
「お母さんもしたりする?」

と聞く。
「さあなあ・・・。お母さんはいまのところ、
なんで大事大事に育ててきた子供をすのかようわからへんけど、

しんどいんかなあ。」
と答えると、

「しんどいって?」
と聞くので、

「だって、赤ちゃんわがままやし、夜ずっと泣いたりして
寝られへんやろ。

ちょっと大きくなってもぐずぐず言ったり騒いだりするし、
どこにも遊びにいけへんやろ。そんなんが毎日毎日来る日も来る日も続いたら、

しんどくなってきて、誰も代わってくれなかったりするとしんどいんとちゃう?」
という。

「しんどかったらす?」

「そんなんでしてしまうまでいくのはちょっとどうかなと思うけど。
だって、一応自分も赤ちゃんの時も子供の時もあって、

同じようにがそんな思いして育ててるんやし、
大人になったら自分の番やからなあ。

自分だけ楽しようとするのもあかんし、
ましてやしんどいからといってすのはあかんやろ。

まあ、しんどい人は、そんなことがわからなくなるほど、
しんどいんかなあ。
お母さんは、君たちだから大丈夫だと思うけどなあ・・・。

まあ、心配になったら、『子ども110番』に相談し。
心配なときはお母さんに言うてみても仕方がないかもしれへんし。」

私もとても疲れているときがある。
子どもを相手にしているだけならよいが、

学校や町内や、その他いろいろ周りもいろいろなことを要求してきて、
本当にしんどいときがある。

私が大丈夫かと子どもに聞かれると、
今のところ大丈夫だが、

一線を超えた人たちが、
どんな状態だったがわからないから、

なんとも言えない。
子ども達は、どんな風に感じただろうか。


近くの神社で、お神輿などが出るというので見に行くと、
白馬が休憩中。

上手くそこに居合わせた子ども達は、
「乗りたい人〜。」

載せて貰った。
「白い馬にのったで〜」と満足そう。

神輿もわっしょいわっしょいと戻ってきて、
神社に到着しても、

元気良くかけ声をかけて、まだまだ盛りあがっている。
話しに聞くと、


最近は、女性も神輿に触れるようで、
女性の方々も沢山担いでおられて楽しそうだった。

若い女性は、女性の私からみてもなかなか色っぽい。

また、神輿といえば、『神輿愛好会』なるものがあるそうだ。
神輿のおもしろさは担いだものしかわからないらしいが。
保育園で送迎の際に会うお母さん方。
忙しいので挨拶だけをしていただけの関係が、

たまに少し時間があるときに話すと、いろいろなことがわかる。
一人は、子供さんが間もなく保育園を卒業する年長組。

離婚をして一人で育てているが、裁判に4年かかったとのこと。
やっとこの間判決がでて、養育費の算定が決まったが、

その内容は、「子供が小学校に入る際に養育費を見直す」との条項が入っている。
「やっと裁判終わったけど、休憩ほとんどなしでまた始まるわ。」

もう一人は、子供2人。
下の子が生まれると同時に、家を出て、

2年がかりで、裁判中。
やっと先日、裁判が一段落。

離婚自体を認めるかどうか、親権、監護権、面接交渉権など、
ひとつが終わればまた次と夫側が裁判を提起してくるとのことだ。

扶養義務が夫側に課されてやっと金額が決まったのが、半年前。
その後、一度も扶養料が支払われないまま、

扶養料減額請求が提起された。
職を変わったため、給料が下がったとの理由での、減額請求だ。

減額請求が認められ、扶養料が決まっても、まだ扶養料が支払われない。
その場合は、金融機関の差し押さえをするしかない。

しかし、金融機関残高照会は、ただでさえ数ある銀行の支店ごとに
なされなければならない。

そして、金融機関残高を調べてもらうのにもお金がかかる。
最初の1件は、2800円、2件目からは1400円。

5件銀行に問い合わせるにも約1万円の手数料がかかる。
数万円の扶養料を勝ち取るのに、

そんなに費用はかけられない。
相手がどこに預金があるのかを想定して申請するしかないのであるが、

逆にいえば、金融機関に預けていなければ差押えのしようもない。
そうやって、扶養料は払う意志のある人からのみしか受け取れない状況にあるようだ。

数年もの期間をかけ、時間を浪費し、何も得られない。
こうなると、裁判とはいったいなにかと思わざるを得ない。

せっかくの一度しかない人生。後ろ向きには生きたくはない。
なにか良い方法がないものだろうかと考える。

 運動会 楽しみ 大雨 天気 ポケット 靴下 笑顔

 今日は、楽しみに待った運動会
 昨日は大雨でちょっと心配したが、今日はからっと晴れて、いい天気

 いつもは起こしても起こしても、だらだらと起きない息子が、
 さっと起きて自分で用意していた体操服に着替えている。

 「ハンカチ、ポケットにはいっているし。」
 とポケットの上から叩いてみせる。

 「靴下はいらない。」
 と顔の前で大きく手をふってだめだめのポーズ。

「履いたらあかんねんて。靴がくさくなるなあ。」
 と言っておりました。

 天気にも恵まれ、笑顔がいっぱいの運動会でした。
保育園運動会がもうすぐで、楽しみな5才の息子。
お迎えにいくと、

「ほら、ここに帽子持って帰って洗って、ってかいてある。」
と、大人用に書いてある張り紙を指し示す。

帰宅してからも、
体操服のポケットにハンカチ入れなあかんし、入れてえ。」

と自分で体操服のはいっているところから体操服を取り出してくる。
こんな計画性は、上のこたちには無かったから、意外。

「まだ運動会先やで。後でええやん」
とその時面倒だった私が言っても、

「今からいれとく〜。」
計画性のあるなしは、歳には関係ないらしい。
お祭りにいって、をゲットした5歳の息子。
『蒸し栗』がいたく気に入り、「『蒸し栗』は〜?」と何度も聞き、

帰宅してから、食べやすいように、半分に切って
食卓に出していて、ふとみると、どう考えても数か少ない。

ふとみると、保育園にもってい用の鞄から、
ビニール袋にはいった『蒸し栗』が、のぞいている。

「ああ〜、あとで食べようと思ったな〜!!」
と兄弟にチェックされている。

「ちがう!お友達にあげようとおもったんや!!」
と言い返す5歳の息子。

「うそやろ〜。」
と兄弟に突っ込まれているので、

「だれにあげようと思ったん?」
と聞くと、

「男全部。」
「男だけ?女は?」

「だってなあ、女、怒らはんねんもん。」
「なんて怒らはんの?」

「いろいろ。あ、○○ちゃんと○○ちゃんと○○ちゃんは怒らあらへん。
男全部と女3人。」

どうも、女子はこのころから、あーだこーだと口うるさいらしい。

昨日、鴨川で張り切って遊びすぎたのか、
夜中に小学2年の娘が大泣きで起きてくる。

、いた〜い!!」
筋肉痛なのかなんなのか、

とにかく、夜中、しょっちゅう起きては泣いていた。
朝、けろっとして起きてきて、

「大丈夫やわ。おかあさん。直った。」とのこと。
今日は街探検があるから楽しみ〜。

ととして、学校に去っていった。
おかげで寝不足なんだけど・・・。

小4の息子は戦利品のザリガニを持って、
こちらも喜々として学校にでかけていった。
今日は良い天気。
散歩がてらに鴨川まで出かける。

メダカが泳ぎ、水辺の石の近くを覗いてみると、
ザリガニカエルが潜んでいる。

小2の娘は、カエルを片手でつかんで、手の中にいれ、
「おかあさ〜ん。」とやってくる。

にこにこ顔で、
「『そんなん持ってこんでええ?』」

と聞く。
草でザリガニを釣ったり、上の子も大騒ぎ。

5才の息子も付いていって、
ちいさな流れを渡ろうとして、めいいっぱい足を広げているが、
結局、水に足を突っ込んでいる。

鴨川にもまだまだ自然がいっぱいだ。
昨日がだったので、
洗濯物が干せずに山のように溜まっている。

取り敢えず、昨日の夜洗っておいたのを、
から一気に干す。

の日があると、干す場所がすくないので、
詰めて干すと結局は余り乾かないので、

時間が掛かるのであるが、仕方がない。
さらに、おしっこをたれて、

くさくなっていた布団もついでにあらい、
重労働となる。

ゴミ出しもしないといけないし、
保育園にもっていくお布団の用意もしないといけないし、

今日はから、ハイテンションでバタバタ。
早く起きているというのに、

職場には遅刻寸前だ。
疲れた〜。
休みの日。
今日は

家にいるのが飽きてきたのか、
小学6年の息子が、

図書館にいく〜。」
という。

いつもは自転車で行っているので、
降ってるえ。」

というと、
「いい。歩いていく。」

という。
歩いていくとなると、まだ家に用事も山ほど有るし、
付いていくのが面倒なので、

「自分で行ってくる?」というと、
行くという。

小学2年の娘も行く、といいだし、
5才の息子もいく、といっているのを、

あなたはやめときなさいといって、目を少し離していると、
5才の息子がいない。

「ひょっとして、ついてった?」
残っていたと小学4年の息子に聞くと、

「ついてった。」
とのこと。

そとはかなり激しい
も鳴り出して、ちょっと心配。

5才の息子が歩くとなると
20分くらいかかりそう。

はたして、ぐずぐず言わずに歩けるのか。
上のこたちは、5才の息子がぐずぐず言うのを、

我慢して連れて行って、帰ってきてくれるのか?
追いかけようかどうしようかと思ったが、

上の子たちが、5才の息子を連れて行くときめて連れて行ったのだからと
我慢して待っていると、

無事、機嫌良く帰ってくる。
小学6年の息子に、

「ぐずぐず言わずに、ちゃんと歩いてた?」
と5才の息子のことを聞くと、

「ちゃんと歩いてたで。なんで?」
と聞く。

私と歩いていると、必ずぐずぐず言うので、
ちょっと意外。

やはり、がついていると、甘えるのかもしれない。
今日は道中、よい経験になったかもしれない。
最近しんどくて、トイレ掃除をさぼっていたら、
かなり汚くなってきた。

小学6年の息子が、突然思い立ったのか、
トイレ掃除するから、みんなトイレ行ってや〜。」

と私がトイレ掃除をするときのように声をかける。
夜9時ぐらいから、1時間くらいかけて、がんばってやって
くれていた

たわしも漂白剤も使って真剣にやってくれ、ぴかぴかになった。
自発的にやると、仕上がりも違う。

「きれいにしてくれてありがと〜。」
兄弟に言ってもらって本人も大満足。

すっきりした一日になった。
大学の話しをしていて、『キャンパス』と言う言葉を出したときに、
小学2年の娘が、

「え?キャバクラ?」という。
「・・・・・。」

と娘の顔を見ると、
「あ、ちがった?『キャバクラ』ってでも聞いたことあるし。
私、『キャバクラ』っていったこともしたこともないけど。」

そりゃそうでしょう・・・。
キャバクラ』と『キャンパス』では『キャバクラ』の方が、

耳にはいるのが早いとは、なんとも情けないかんじである。
   朝から警察から電話がかかってきました。
   また何事かとおもったら、
   
   「財布落とされていませんか?」
   とのこと。
   

   「は?」
   「免許証とかはいっているので、○○さんのだと思うんですが、
    気がつかれていませんでしたか?」

   「はい。気が付いていませんでした。」
   「一応特徴を言っていただけますか?」

   「えっと、ローズピンクのですが。」
   「メーカーとかわかりますか?」

   「・・・・。」
   「では、ご住所を。」
   
   「○○○○○」
   「○○さんの財布で間違いないと思います。」


   「はあ、すみません。」
   「では、身分証明書とハンコをお持ちください。」

   「・・・・。」
   「あ、身分証明書はここにありますね。ではよいです。」

   最近、ちょっと疲れ気味だったけど、

どうしてこんなにボケているんでしょう?
   拾っていただいた方、ありがとうございました。
今日も体調が戻らず、
帰宅すると、

子ども達も調子が悪いと
2人が寝ている。

しかし、食事をするかと聞くと、
「する〜。」と言って

普通に食べている。
そして食べ出すと、

普段通り騒いだり、泣いたり叫んだりとやかましい。
そう言えば、小さい頃は、

しんどくても食事できたよなあ。
コレが歳をとるということなのかと

があるだのなんだの言いながら、
騒いでいる子ども達を眺めていた。
昨日から体調が悪いのが、やはり本格的になってきた。
頭痛がして吐き気がする。

仕事を終え、保育園に子どもを迎えに行って
家にたどり着くのも必死だった。

しかし家に帰っても食事の用意をしなければならない。
食事の用意の途中も吐き気がおこり、

なんとか有る程度材料がそろい、あと一品炒め物をするときになって、
どうしても気分がわるくなった。

小学6年の息子に
「これ炒めてくれる?」

と聞くと、
「やる〜。」
と嬉しそう。

「おかあさん、しんどいのやったら寝とき。」
と寝かしてくれ、

炒め物をして、
「できた〜!!」

と元気な声。
「みんな食べるで〜。」

とみんなに分け与えている様子。
終わっても、

「洗い物しておいたし、明日まで寝ていいよ。」
と優しい言葉。

5才の息子が、寝ているそばによってきて、
乗ったりしていると、

「こっちに来。寝かせたげ。」
と気をつかってくれる。

もちろん、洗い物も中途半端だし、
床はびしょびしょだし、

ゴミの処理もイマイチだけど、
ちょっと前までの状態だと、

食事が勝手に終わっていることなどありえなかったから、
本当にありがたい。

子ども達の成長の一端を見た気がした。
昨日に引き続き、連休のお休み。
朝から、洗濯掃除と動き回る。

子ども達も随分大きくなって、
だいぶ手数が掛からなくなったとはいえ、

食事や片づけなど、
まだまだ油断するとすごい状態だ。

夏の疲れが溜まってきたのか、
ちょっと体の調子が悪い。

今日は、敬老の日の前日。
小学2年の娘が、

敬老の作文学校で行われる敬老会で読むことになりました。
朝、集合時間よりかなりはやく出かけいき、やる気満々です。

発表できるのが楽しくて、家でも何度も練習していたのですが、

掃除当番の時間に練習するようにいわれて、
クラスメートに「掃除をさぼったあやまって」など
言われたとかで、いろいろ大変な思いをしての、発表

ゆっくり読みなさいと言われて、
本番では上手に出来ました。

足が悪くてでかけられなかったおばあちゃんの為に、
その後、おばあちゃんの家に行き、

同じ作文を読んであげました。
おじいちゃんも上手に読めたと褒めてくれました。

よかったね。
テレビのニュースを見ていて、「夕張市破綻したように・・」
というのを耳にした、小学6年の息子。

破綻ってなに?」
と聞くので、

「入ってくるお金と出ていくお金があるやろ、入ってくるお金より出ていくお金のほうが多かったら、
どうしようもなくなるのわかるやろ」

から始まり、入ってくるお金がどうとか、出ていくお金がどうとか、いう説明をしていると、
京都はどうなん?大丈夫?」

極めてまともな質問。
そうだよなあ。子供たちにも是非、答えてあげてほしい。

「ふつうは入ってくるお金がないところには使わないけれど、公的なお金やから、お金が儲かることだけには使わへん。
たとえば、そう、こどもの教育なんかは、今すぐお金にならへんし、

これやったら赤字やからって事業をやめられたら、君たちはたちまち教育を受けられなくなり、
すぐにでも働きに行かないといけなくなる。だから、君たちは将来、きちんとお金をつかってもらった恩返しをしないといけないから、

いま、もらっている時間とチャンスをありがたいとおもって、大事につかわなあかん。
だいたい、勉強の時間なんて、自分のためにあるのに、学校の授業をつぶしている君たちのクラスの人たちの考え方がわからん。」

と一部のクラスの子のためにしょっちゅう授業がつぶれていると愚痴る息子にいう。
そうだよなあ。なんか何のためにどれだけの犠牲をはらって、このチャンスが与えられているのか、わかっていないから、
のんきに先生に逆らって授業をつぶしたりするんだろうなあ。

小学6年にもなると、自分の置かれている恵まれた状況を説明すればわかるような気がするけど。
与えられた恵まれた状況を気づかせてあげられたらと歯がゆい思いがする。
友人の男性が、昨日のブログについて

「本日のプログ、複雑に読みました。のせりふの様でゾクッとしました。
気をつけます。」

とメールを送ってきた。

離婚した原因を娘に聞かれて、
「やさしいかな〜とおもっていたらそうでもなかった。」

という箇所であろうと思われるが、
コレを言い出すと、

お互い様で、おおかたの夫婦に当てはまるのではとも思われる。
しかしながら、また、離婚の原因はコレに尽きると言っても
過言ではない。

周りの累々とした離婚組のみなさんから
話しをお聞きすると、

最終的に決定的な何かはあったりはするが、
結局は、相手を大切に思う気持ちがあれば、

そんな行動には繋がって行かないとも思うし、
面倒がらずにきちんとした夫婦関係のメンテナンスを行っていれば、
離婚まで事が進むことは無いはずなのである。

毎日の生活のなかで、退屈な日常のなかで、
感謝の気持ちも薄れ、思いやりもなくなってしまい、

相手をないがしろにする態度は、
小さなすれ違いから全ては始まるような気がする。

ただすれ違いが始まったときに、自分の態度を見直したり、
話し合いを面倒がったり、自分や相手に向き合うことをしなければ、

その時はうわべ上、事は済んでいるように思うかもしれないが、
水面下では腐食がすすんでいる。
そしていつか、面倒がったツケは、必ず払わねばならないのである。

わたし周りには累々と離婚組がいるし、
離婚した人たちも、その子どもも、結果的に私も含めて、

決して結婚したときより不幸になったとは思えないが、
長年夫婦を続けている人の中には、

やはり2人だけにしかわからない、
素敵な何かが、築いていると思う。

もちろん、築いていくのであるから、
そんなに楽ばかりして、勝手によい夫婦関係が

出来るはずもない。
しかし、きっと努力しただけ、素晴らしいものが
できるはずだと信じている。

わたしも、もう一度、トライしてみようかしら。
相手がいれば。




子どもたちと夕食後、話していたときのこと。
私は子供たちに、ふつうに大人に話すように、なんでも話をしている。

いろいろな人の話をしていると、誰々さんとこは、離婚してる、
誰々さんのところも離婚してる、と話していると、

お母さんのまわり、離婚ばっかりや。おかあさんも離婚してるし。」
と小学6年の息子に言われる。

「おかあさんは、なんで離婚したん?」
と聞かれたので、

「やさしいかな〜とおもっていたらそうでもなかった。」
というと、
小学2年の娘に、
「そんなこと、最初からわからへんかったん?」
とか、普通の質問をされた。

その後、いろいろ前夫についての質問が子供たちから飛び交い、
普通に答えながら、

  家庭の在り方について、私の考えを述べていると、
   「なんか今日は、おかあさん、『お母さん』みたいや。」

   と、小学4年の息子が言う
   他の子の顔を見ていると、

   うんうんと納得している。
   「いつもはお母さんじゃなかったらなに?」

   と聞くと、
   「かわいい。」

   と小学2年の娘。
   どうもずっと私は『おかあさん』ではなかったようだ。
いつも朝いくら起こしても、
なかなか起きない小学4年の息子。

それなのに、なぜか今日はとても早起き
早々と食事も終わって

ランドセルを意気揚々と担ぎ
「行ってきま〜す!」

陸上部に入って朝練がある小学6年の息子は
解るが、

「ちょっとそんなに早く行ってどうするん。
暇なんやったら部屋片づけていって。」

というと、
「いやいや、いっぺん学校、早くいってみたいねん。」

と家をでて行った。
そうやなあ、いつも遅刻寸前の君の場合『行ってみたい』やろなあ。

まあ、一度ちがう景色もみてきたら。
でも、友達も来てなくて、とっても暇かも。
ゆとり教育の導入後、経済的な所得格差が、
子供達の学習機会にも格差を生じさせている現実が、

あまりにも見えてきたのか、
東京都は 低所得世帯の子どもをがの受講ができるように、
必要な資金を貸付けることにしたという。

恐らく、東京都という、公の機関が乗り出すまでには、
格差が明らかになってから、相当な時間が経過しているはずである。

しかしながら、外の地域では、相変わらず、低所得者層
為す術もなく、子ども達が大きくなるのを指をくわえて見ていなければならない。

そもそも、まともな大学に行くのに、へ行かなければならない
というのも、どうかと思う。

もちろん、学校の勉強だけが人生ではないから、
全員に大学が受験できる教育をする必要はないのかもしれないが、

コースに分けて、大学に行きたい人には、
へいかなくても、きちんと公立大学に入れる教育をすればよいのではと思う。

しかし、小学生のころからきちんとしないと、
高校になって、大学に入りたいと子ども達が願っても、
すでに学力はついていけない状態になっているはず。

このあたりも、どれを何処までするかが問題であるが、
中途半端に”平等”をうたって、

学習に意欲のないものとごちゃまぜにして、
教室の学習がすすまない状態に放置してあるのも納得がいかない。

いまも学校はコースに分けられているはずだが、
授業内容が通り一遍で、受検には使えないので、

受検クラスは、全てに通っている状態という。

一方、一部の私立中学、高校では、授業に、の講師を招いて講義をしていて、
この方法であると
が所有している、受検データ、資料、対策などをすべて享受できる。

子どもは宝、今後の日本を支える人材なのであるから、
折角の人材を親の財力がないからといって、

潰してしまうのは本当に惜しい。
しかし、その人材を育てる仕組みが日本にはない。

公的な機関が動くのを指をくわえて待っているわけにはいかないと、
一部の地域では、NPO法人が、の協力や地元企業の支援を受けながら、

動き出している。

政府は重い腰をさっさとあげて動いて欲しいものである。
子ども達の髪の毛が随分伸びてきた。
切るのなら、まだ暑い間のこの時期。

もちろん、美容院に4人を行かせる余裕がないので、
家で自力でカットする。

よその家では、小学4年ころにもなれば、
家で髪の毛を切られるのをいやがり、

美容院などに行くそうであるが、
わが家では、経済的余裕がないことも理解してくれているのか、

あまり細かいことを気にしないのか、切らせてくれている。
ただ、私が横着をして、短く切ると、次に切るまでのスパンが長いから、

出来るだけ短く切ろうとするのを、
「短く切らんといてや〜。」

と念を押される。
小学2年の娘はさすがに丸坊主ではないが、

適当に切って、ちびまるこちゃんのようになているが、
これもあまり文句を言わない。

ところが、意外なところでの抵抗。

5才の息子が、がんとして、
「切らへん。」

と頑張る。
理由を聞いてみるとなんと、

「丸坊主って言われる。」
上の息子達より、

よほど気にしているようだ。
そうはいっても、

1人だけ切らないとまた大変なので、
強引に切ると、

朝、保育園に行ったとき、
なかなか自転車用のヘルメットを脱がず、

やっと脱ぐと、くりくりになった頭を、
隠すようにさわり続けているのでした。

ヘアスタイルが気になる年頃?
京都の烏丸御池にある、マンガミュージアムに行って来た。
日本の漫画文化は素晴らしいらしく、

海外でも評価が高い。
マンガミュージアムでは、沢山のそんなマンガが閲覧できる。

今年は、第9回国際マンガサミットが京都の国際会館で行われると同時に
http://www.manga-summit.jp/

「国際マンガサミットフェスタ2008」もマンガミュージアムで開催。
それに伴って、

小学校で、招待券を子どもに配ったので、
こどもたちが、

「行きた〜い。」
と言い出したもの。

だから・・・だから・・・すっごく込んでいた。
マンガは館内で自由に読めるので、

その辺にマンガを抱えて、皆さん、
座り読み。

敷地内の芝生地では、コスプレイヤー交流会が
行われ、

紫や黄色やピンクの髪の色の人たちが、
不思議な服を着て、

うろうろ。
小学2年の娘は、なにかが始まるのかとじっと見ていたが、

いつまでたっても何も始まらないので、
「あの人達、なにもしないの?」

と聞いていた。
そうやな〜、あんな格好をして何もしないのは不思議かも。

マンガを読めない5才の息子は
人混みにうんざりして、

「かえりた〜い。」
とごねだしたが、

そういう”ごね組”の小さい子用に用意されたと思われる、
でっっかい絵本を見つけてご機嫌を直していた。

しかし。。。
子連れであれだけ込んでいては何をする気も起こらない。

毎日じっくり通って、片っ端から読んでみた気はするが。
もちろん、1人で。
5歳の息子の保育園のボックスは、自由時間に書かれた紙でいつもいっぱいになっている。
見てみると、だけでなく、最近、少しずつ字を覚えて書き出している。

自分の名前の一部、兄弟の名前の一部など、知っている字をつぎつぎ紙に書いている。
書き順は、いろいろ。“す”は最初に十字をかいて、あとで○の部分を付け足している。

“と”は明らかに裏側を向いている。いわゆる、裏文字だ。
“ひ”は右からスキャナーのように書いているのがわかる。

なぜか、“ぎ”という文字はとてもきれいにかけている。

“ぎ”はあまり使わないように思うが??
いろいろな文字がおどっている紙で、

新しい文字をどんどん覚えていくよろこびをかみしめながら、
にこにことペンを握って文字をゆっくりていねいに書いている息子の姿が想像できる。
健康診断の季節である。
職場でも健康診断があり、健康診断日の前日は、

検尿のため、朝一番の尿をとるという作業があるが、
朝、ばたばたしているので、覚えているかな〜と心配になり、

前日に、
「おかあさん、あした検尿あるし、朝教えてなあ。」

と小学6年の息子に頼んでいると、
「ええ?大人になっても検尿あるの?」

と小学2年の娘はびっくり。
「そら、大人になってもあるよ。急に死んだらこまるやろ。」

というと納得していた。
朝起きると、

「お母さん、検尿!」と小学6年の息子は、教えてくれる。
つい最近まで、忘れ物落とし物の帝王で、

何度いっても忘れる子だったのに、
私の分まで教えてくれるようになるとは、頼もしくなったものだ。

ちなみに、5才の息子も、小学6年の息子をとても頼りにしている。
「○○がいいひんようになったらごはんが困る〜。」

母がご飯の用意ができなくなったときに、
唯一たよりになる存在だと思っているようだ。
小学4年の息子が、
くさいので、毎日お風呂にはいっているか、

食事をしているかと

担任の先生がチェックするために家に来ていると知ると、
恐ろしいもので子ども達は、

途端に小学4年の息子に向かって、
頻繁に「くさい

と言いだした。
それまでは、気になっていなかったものが、

担任の先生が言い出したことによって、
急に気になりだしたのである。

小学4年の息子にも、
「担任の先生以外に友達からくさいといわれたことがあるか」

と聞いてみたが、
「一度も言われたことがない。」

という。
担任の先生は、

「それがいじめに繋がったら」

と心配されていたが、
いじめの原因など、どんなことでもきっかけにしうる。

持ち物がどうとか、顔がどうとか、
ふとっているとかやせているとか、

背が高いとか低いとか、
頭がいいとか悪いとか、

良くも悪くも、どんなことでも、
あげつらう何かがあって、

それを騒ぎ立てるという、人の心に原因がある。
息子一つの例をとっても、

家に頻繁に先生が来られている原因を、
小学4年の息子が「くさい」と思われているからだと

知ると、それだけが1人歩きしかねない。
実際の息子は、気にしてシャワーとかを頻繁にするようになって、

くさくなくなっているにもかかわらず、である。
今回の件も、

シャワーをしたらにおいがなくなると言う前提だが、
兄弟に比べて、

小学4年の息子は匂いがきついほうである。
前の日にお風呂に入っても、

朝にシャワーをしなければ完全に取れるものではない。
それがどのぐらいの時間、継続できるものかもわからない。

また、何とかなることであればよいが、
太いといじめられている子が、

簡単にやせられるものだろうか。
手足が不自由とか、顔の傷についてどうこういわれたら、

何とか出来るものなのであろうか。
イジメの原因は人の心にあるのであって、

事象そのものではない。

原因らしきものを取り除いたらなんとかなると思っておられるのだとしたら、
ちょっとどうなのかなと思う。

実際、友人からも言われたことがないとしたら、
たいした事ではないはずで、

先生が事を大きくされる可能性がある。
小学6年の息子は、気にして、お風呂に入っても、

毎日朝シャンをするようになった。
なんだか、余りすっきりしない。
携帯電話を持っているこどもたちが増えている。
わが家でもそろそろ自分でうごくようになってくるので、連絡をすることも必要となってくるが、
先日もテレビで、携帯サイトの掲示板の恐ろしさを伝えていた。

番組の中で、家出少女を装って、「家出してきた〜」と掲示板に載せると、10分後には携帯メールが鳴り、
「いま、どこにいるの?迎えにいくよ。」
「おなかすいてない?」などの、携帯メールが続々。

一晩で400通ものメールが来たという。
そして、その番組の中で、
さらに、家出少女の掲示板に書き込みをしている29歳男性に、インタビューをしていると、
今まで8人家に泊め、男女関係をもったのも8人ときっぱり。
「そうでなければ他人を家にとめるメリットはないじゃないですか。」

罪悪感はないかという質問にも、
「あるわけないじゃないですか。」

これは、子供たちにも伝えておかないといけないと、
話題にする。

携帯サイトの掲示板に書き込んだら、400通ぐらい『いまどこ?迎えにいく。ごはんあげる』とかメールがいっぱいくるらしいよ〜。
ついて言ったらどうなる?」
と話をすると、

「あぶない。」と小学2年の娘。
「どんな風にあぶないの?」

ときくと、
小学6年の息子、

レイプされる。」
あまりの適格な答えにびっくり。

「へえ。『レイプ』なんて言うことばしってんの?どういう意味かしってる?どこで聞いたん?」
と聞くと、

「意味しらん。○○がゆうてた。」
とクラスの女子の名前。

このクラスメイトの女の子、悪い言葉ならなんでも知ってるとクラスでも有名。下ネタ単語は得意中の得意。
「どんな風につかったはるん?」

と聞くと、
「△△先生がレイプした、とか。」

△△先生とは小学6年の息子の担任の男性の先生。

「△△先生はレイプなんかするタイプじゃないやろ〜。いや、わからんかな〜」

これは、小学4年の息子のコメント。
「『レイプ』ってどういう意味かしってんの?」

と聞くと、
「しらん。」

しらんのに、みなさん、それなりに、的をえたコメントができるよう。
それにしても、担任の先生はたいへんなセクハラを受けているよう。担任も楽じゃない。。。
職場の勤務が終わった後、
小学2年生の職場につれていった時、

職場の人が、
「○○ちゃん、お母さんにそっくりだねえ。」

と言われると、
小学2年のは、

「へえ!いやや!」
というので、

「だっててるやん、じゃあ、どうやったらええの?」
といわれ、

「誰にててもええけど、若く見えたらそれでええねん。」

これには、職場の人も大爆笑。
「だって、まだ、7才でしょ。それより若く見えてどうすんの?」

女性だと若く見えた方がいいという、一般概念がこの年齢のときから、
既に植え付けられていっているのか・・・。
夏休みがおわって、給食が始まり、子ども達にいちいち毎日の
スケジュールを伝えなくてよくなると、

少し、の時間に余裕ができる。
夏は学校や保育園プールの用意ひとつとっても、
一手間がかかる。

晩ご飯の用意、ちょっとした片づけ、予定の確認など、
夏休み中はまったく手をつけられず、

家は荒れ放題と化していたが、
頭もパニック状態からも少し抜け出られることになる。

先週が少し涼しかったり雨だったりしたために、
保育園ではプールがずっと、入れず、

今日は少し暑いので、最後のプールに挑戦だそうだ。
行く夏、最後のプール、楽しんできてね。