4人目を妊娠中に家出したシングルマザーが、子供たちと一緒に楽しく奮闘する記録です。
今年は、暫く暖かく、一気にの開花を期待させ、
例年にない早いの開花となっています。

しかし、その後ここ数日、かなり冷え込んで
花冷え”となっています。

花冷え」とは、の咲く頃の一時的な寒さを さすそうですが、
なんとも、日本的な美しい表現だなと思います。

この言葉ひとつで、
の咲く美しい光景と、

冷たい風を両方表現でき、
を待ち望む人々の心も表現できるように感じます。

鴨川も、枝垂れが満開の花をつけ、
人々は肩をすくめながらも、

を知らせる可憐な花に、目を留めています。
チーズコーヒー味、といったちょっと変わったチーズをあげたときのこと。
小学3年の息子。
「これ、おいし〜い!!ほっぺたが落ちる〜。」

へえ、こんな表現をするようになったんだ。
と思いながら、

「じゃあ、ほっぺた、落としてみ。」
というと、

そばで聞いていた小学1年の娘と、
「そんな、落としてみぃといわれても・・・・」と

「きゃははは〜!!!」と大受け。

「で、なんで『ほっぺたが落ちる』っていうの?」

う〜む、いらぬ話題を振ってしまった。
みなさん、なんでかご存知でしょうか?
保育園卒園式がおわり、
年長組さんもいなくなった。

そして、期末期首の休みとかで、
保育園もしばし休園になる。

以前にくらべて期末期首の休みはましになったが、
どの会社でも期末期首は"超"がつくほど忙しいのに、

働く人のためにあるはずの保育園が、
この時期休みになるのは、

いつも納得がいかない。
卒園式が終わったあとも、

1週間以上、小学校に上がるまでのあいだ、
預かってもらえないのも、困る。

上の子のときでも、
「預かってもらえないと仕事にいけない」

と何度も保育園と交渉し、
何とか預かってもらえたのだが、

どうして毎回”お願い”しないと
預かってもらえないのかとても不思議だ。

今回も、サポートを頼み、親にも頼みと
保育園の休みを乗り気らなければならないが、

毎年、この期末期首の時期、夏休み、冬休み、
ストレスがたまる季節である。
保育園に送るために、
4才の息子を後ろに乗せて、自転車をせっせとこいでいると、

後ろからさっそうとバイクで追い越しながら、
合図をしていく女性

ヘルメットをかぶっているし、
だれかわからないなと思っていると、

4才の息子は、
「なおちゃんのおかあさんや。」

という。

「へえ、なんでわかるの?」

というと、
「だってなおちゃんのおかあさんやん。」

という。
「だって、ヘルメットかぶったはったし、顔わからへんやろ。」

というと、
「だって、なおちゃんのお母さんやもん。」

という。
「なんでわかるんかな、バイクの形、覚えているの?」


と、バイクの車種には無関心で、全然解らない私は聞くと、
「だって、なおちゃんのお母さんやもん。」という。

子どもの感性はすごいなあ。説明はわからへんけど、
わかるんや。

その後、数日たって、
「なおちゃんのお母さん。」

息子が言うので、みると、
バイク原動機付自動車

先日さっそうと追い抜かしていったのは、400ccバイク
こどもはすごいなあと感心して損した。

バイクは全部一緒だったのね。

から、4歳の息子は大泣き
「おがあさ〜ん〜。起こしにきて〜よ〜。」

から起こしているのに、全然起きず、
こっちも4人分のお弁当作りがあるのでいつまでも関わっていられないので、

放っておくと、
この大騒ぎ

それでも、「早くしないと、ご飯を食べないまま保育園に意かなあかんよ〜」
とさらに放っておくと、

あきらめたのか、
大泣きしながら降りてくる。

「はよ、ご飯たべや。」
と後ろを振り返ると、

全部服を脱いでんぼさんになっている。
どうも、おねしょをして、服が全部塗れたよう。

あの大騒ぎはそのためか。
でも4歳児んぼさんは、とても可愛い。
学童を卒業する3年生のために、お別れ遠足が行われた。
水族館まで、2時間、バスに揺られていったそうである。

うちの子ども達は、に慣れていず、
に酔って大変だったそうであるが、

「何が面白かった?」
と聞くと、

小学1年の娘
「おでんくん。」

聞くと、水族館までの2時間、の往復の時間、
ビデオを流していたとのこと。

以前、保育園でのバスの遠足のときにも感じたのであるが、
なぜ、ビデオをつけるのだろうか。

外には、カメラを通してではない、
本物の景色がある。

めずらしい土地に行くのでなくても、
行き慣れた道ではないはず。

みたことのない、空き地、川、道、
花、木、そしてそこに行き交う人、犬。

新しいたくさんの発見が有るはずである。
カメラを通してではないから、

を開ければ、
その地に流れる風邪、におい、音、

五感すべてで、感じることが出来るはずである。
往復4時間は、そんなに長く感じるはずはない。

高速道路や飛行機で、外の景色がしばらく代わり映えしないにしろ、
それは大人の感覚であって、

子ども達はそれでも楽しいのではないだろうか。
友人達も一緒で一人ではないのだから、

なんだか大切な時間を無駄にしているような気がするのは
私だけだろうか。



小学校卒業式もおわり、
春休みに入った。

こどもたちは、学校の荷物を山のように持って帰ってくるので、
春休み中は、荷物が増え、子ども達が家にいる時間も増え、

ただでさえ散らかる家がすごいことになってしまう。
お弁当が毎日いるので、お弁当のおかずの準備、お米を炊く量も、格段に違う。

休み期間はお米を洗う量を読み間違えると、食事難民となってしまう。
小学5年の息子は、通知票を貰ってきて、

早速自慢
「ほら、全部『できる』やろ。」

彼が自慢をしているのは、
成績のことではなく、

生活面の評価。
片づけができず落とし物、忘れ物が多く、

授業中も落ち着きがないという状態で、
3年まではすべて、

『がんばろう。』
どうなることかと思っていたら、


4年からはちらほら『できる』が出現した。
そして、4年後半から『できる』に○が並び、

今回も2連勝というところ。
よかったね。

でも、ちょっとは成績の欄も気にしたら?
まだ少し寒い日もあるとはいえ、
すっかり暖かくなって、

桜の花もちらほら見られるようになってきた。
今日も朝、鴨川のそばで、

しだれ桜がぽつぽつと花を咲かせ始めている。
学校が休みなのか、

高校生ぐらいの男女が近くにいて、
男の子が、そのしだれ桜の高い位置に咲いている花に向かって
手を延ばす。

女の子は、その男の子の背中の陰に隠れる様に、
すぐ後ろに立ち、

男の後ろで、手を合わせるようなしぐさをしている。
すぐそばの男の子に見えないようにして、

何を願っているのだろうか。
春はの季節でもある。
小学5年の息子。社会で出てきたのか、
「なあなあ、お母さん、『阿蘇山』ってどこにあるの?」と聞く。

阿蘇山は、○○さんの住んでるとこやろ。」
○○さんとは職場の人で、実家が熊本、現在はドイツ留学中。

その人とは、忘年会で遊んでもらい、
話もしていたので、思い出すかなと思って言ってみたのだ。

「え?○○さんって、ああ、あの人か。
え?そしたら、『阿蘇山』ってドイツにあるの?」

「そんなわけないやろ。『阿蘇山』は○○さんの
生まれ育ったとこにあるっていうこと。」

確かに『○○さんの住んでいるとこ』と言ってしまったけど、

阿蘇山』って日本語やろ。ドイツなわけないやん。
漢字もついてるのに。

私が爆笑していると、さらに横で聞いていた少額3年の息子。

「え?じゃあ、○○さんってドイツ人?」

う〜ん。あくまで『阿蘇山ドイツ説にこだわるとそうなるのね。
でも、あんた、忘年会で○○さんに会ったやん。

ばりばりの日本人で日本語しゃべってたやろうが。
と、私の爆笑は続くのでした・・・・・。

家に帰ってみると、
小学3年の息子が大泣きで2階から降りてくる。

「いじめはる〜!!!」
みると、鼻血を出して、その辺は血だらけ。

「あんな〜、お兄ちゃんがなあ・・・」

「ちょっと、とりあえず、うろうろしないでそこ座ってじっとしなさい。
鼻血が出ている。」

座らせて鼻にテッシュをつめ、血だらけの顔をふく。

「ちょっと、どうなってるの?」
上の子を呼んでどうなっているのか聞こうとすると、

また下の子がうろうろ立ち上がって
「あんな〜、」

というので、座らせ、
話を聞いてみると、


小学3年の息子がいつものとおりだらだらしていて、
自分の散らかしたものを片付けようとしないとのこと。

いつもいつも行動の遅い3年の息子は、
結局いろいろな仕事を小学5年の息子に押し付けることなり、

ついに我慢ができずに、小学5年の息子が小学3年の息子を殴ったという次第。
まあ、小学3年の息子は鼻血の出やすいタイプなので、

それほど驚きはなかったけれど、
殴ったには違いがなく、

「どんな理由があっても、殴るのはどうかと思うけど。」
というと、

「それはそう思う。」と
意外にあっさりと小学3年の息子に謝る小5の息子。

小学3年の息子にいらいらさせられているのは、私もなので、
気持ちがわかってもらっているとの安心感からだろう。

小学3年の息子も、自分の態度をどう思うかと聞き、
反省しているとのこと。

さて、無事に決着がついたところで、
流血事件の現場は悲惨なもの。

、敷いてあった布団は、血だらけ。
を長い時間掛けて拭き、全部シーツやカバーをはずす。
残されたのは、山のような洗濯物

う〜む。しんどい。

恐怖の春休みが始まる。
私にとっての春休みは、

給食が終了してから、給食が始まるまでが春休みだ。
つまり、お弁当を作らなくてはいけない、のが春休み。

今日も朝から、子ども達のお弁当つくり。
早めに起きて、お弁当作りを、と思っていると、

4才の息子が、大泣き。
、いた〜い!!おかあさ〜ん!、いた〜い!!」

どうしたのかとお弁当を作る手を止めて、
2階へ上がってみると、

息子が、左を抱えて泣いている。
「どうしたん?」

をさすってあげていると、
どうやら、こむら返りのよう。

こら、泣いてもしゃあないな、
と暫く、ふくらはぎを伸ばし、

取り敢えずの激しい痛みは治まったよう。
しかし、続く痛みがすっかり治まるまで、

相手はしてあげられないので、
時々、だっこしながら、

お弁当をつくりを続ける。
「取り敢えず、朝ご飯たべとき。」

とパンを渡すが、
痛いから食べられへん〜」

と台所にいる私のところまで、
「だっこ〜」とやってくる。

少しだっこしてあげるが、
作業が進まないので、

「ちょっと待っててね。」
と下におくと、

「わ〜ん」
と大泣き。

見かねた小学3年の息子が、
「じゃあ、お母さんの用事が済むまで、抱っこしておいてあげよう。」

とちいさな身体で、4才の息子を抱っこしてくれる。
なんとかお弁当をつくり、

息子をなだめながら、保育園にダッシュ。
だっこのりない息子は不満そう。

納得のいかないなりに、譲歩して
先生痛いってゆうてや。」と言う。

保育園についたのは、
本当に仕事に間に合うかどうかのきわどい時間。

だだっと用意をして、
息子を置き去りにしていこうとすると、

先生痛いってゆうてってゆうたやん!」
と、玄関口で靴を履こうとしていた私のところに


ものすごい勢いで走ってきてに抱きついていう。
『走れるやん。』

と思ったけど、
「あ、忘れてたな。先生言うたげよ。」と

息子を連れて、先生に、
「左こむら返りして痛いそうです。」

と言うと、先生は、

「あら、可哀想に。大丈夫?」
と声をかけてくださる。

息子はにやにやしてとても嬉しそう。
あと、2人の先生に、

痛いそうです。」
と報告しに言って、

大丈夫?」
と声をかけて貰って、

ちょっと納得した様子。
・・・・朝のアクシデントはつらい・・・。
4才息子が、膝の上にのってきて、
「110回ぎゅーして。」

という。
ぎゅーっとだっこして、
「1,2,3,4・・・」

と数え始め、

「21,22,23・・・」

と進んでいくので、
あれ?結構数えられるんや、と驚いていると、

「51,52・・・・59,」
の次は、

「40。」
と戻り、

「41,42・・」
とまた始まる。

別にわざとではないようだが、

59の次は60,と数えられないらしい。

『59まで数えられる』という臨界点発見!


京の茶漬け京のぶぶ漬け)という言葉をご存知でしょうか。
京都人の意地悪いけず)を表現する、典型的な事例として知られています。

京の茶漬け京のぶぶ漬け)とは、
家に立ち寄った、客の帰り際に家の主人が、
「もうお帰りですか、なんにもおへんけどお茶漬けでも食べていっておくれやす」と声をかけます。

『お茶漬け』とは、
ちゃんとした料理はだせないけど、お茶漬けのような質素なものを食べていくかと言うこと。

ところが、これは相手が断る事を前提とした外交辞令であり、
手みやげを持参した場合の「つまらないものですが」と同じ意味を含んでいます。

これを本気にとって、「では」
とお茶漬けをいただこうとしようものなら、

常識がない。』と思われるというものです。

これについては、とくに私も京都人として、誰に説明をうけたわけではありませんが、
考えるに、京都の『言葉のあや』の文化

または、相手を尊重した『察する文化』だと考えます。

ひとつは、客が帰ろうとするときにつかう『言葉のあや』。
これは、客が帰ろうとするときに、

『名残惜しさ』を表現するものであり、これは日本人なら誰でも使う、
手みやげを持参した場合の「つまらないものですが」と同じ表現といえ、

相手にたいする『うそ』ではないのです。

また、『察する文化』については、そろそろ帰ってほしいときに、
客が帰ってくれないときに使うもの。

「あなた、そろそろ帰ってほしいんですけど。」
と客にいうのは、

あまりにも、相手を尊重しない、上からこどもに言うような言い方。
常識がないね、空気が読めないね、とはっきり言うのがはばかれるので、

そういう気持ちに気づいてほしいという、サイン。
そのサインをうけっとって、客の側も、それを察し、帰り支度をするというもの。

これらが京都以外の人に不人気なのは、
つまりは、京都人しか知らないルールを、

無理やり京都以外の人に押し付けているところ。
昔は、交通手段の問題もあり、

京都以外の人が少なかった時代では、それも通用していたかもしれませんが、
やはり、これだけ、人の流出入が激しくなると、

日本語を話せない外国人が多くなってきたのに、
日本語を話せない人をどうこう言う、という状態と同じでしょう。

外国人が日本語を話せないのであれば、外国人にもわかりやすい
共通言語を使うべきなのでしょう。

実際、最近は京都生まれの京都育ちでも京都ルールを知らない若者も増え、
京のお茶漬け(京のぶぶ漬け)のようなものが通用しない若者も増えています。

みなさんも、


「京都人は意地悪やなあ。心にもないことをいう。」
と思ったときには、

これは『京都ルール。言葉のあやか、察する文化かも。』
と思っていただければ、そう、腹の立つことももなくなるかも。

今後とも、京都人をよろしくお願いいたします。

と、なんでこんな話を長々としていたかというと、
昨日友人が、家を訪ねてくれました。

訪問時間は夜の10時。
まだ食事をしていないという、彼女にいった私の言葉。

「残り物だけど、ハヤシライス食べる?」

彼女は、
「いただきま〜す!」

と残っているハヤシライス
「全部もらっていい?」

ときれいに平らげてくれた。
彼女は、京都人ではないが、京都に勤めていて、

もしかしたら、京都人扱いに苦労している一人。

2人で

「こんなん、親が知ったら、びっくりするなあ。」
と『京の茶漬け京のぶぶ漬け)』

について、話題がもりあがった。
ちなみに、彼女とは、数週間前に知り合ったばかり。

傍から見たら、そんなに親しくないはず。

私が彼女の立場と逆で、この訪問をしったら、
うちの親も、どんなことがあっても、絶対だめだと止めそう・・・。

もともとは相手を尊重したり、気遣ったりするための京都ルール。
それが本末転倒にならないように、気をつけたいものです。



「離婚話は盛りあがる。」
で電話をかけてきた離婚寸前の、保育園のお母さん友達。

離婚届には判をおしてもらったものの、
離婚届は出さないで、離婚後の財産や養育費のことを決めた方が有利だという、
経験者や、法律家のアドバイスがあったけど、

離婚届をだした、との連絡があった。
取り敢えず、話し合いで、最初はなにもかも置いていけといわれていた財産や
養育費のしはらいについて譲歩があったとのことで、

相手を信じてみようとのことであった。
裁判に持ち込んでも、別の友人は、


離婚裁判に2年もかかり、その後、養育費等の請求が裁判で確定したものの、
実際支払わないとなると、

また一つ一つ、銀行を調査したり、
差し押さえをしたりという労力をかけないといけないという憂き目にあっている。

また、その一つ一つの手続は、有料になるので、また新たな金銭的負担もかかる。
専門家に依頼するとまた別途費用がかかる。

離婚しないと、母子家庭とは認められず、
児童扶養手当などをうけとることもできない。

その友人も事実上、離婚しているのだからと
再三福祉事務所に訴えていたが、

結局、離婚が成立するまで待たされることとなった。
今日から、生活が始まる母子家庭にとっては、
裁判の結果は待ってはいられない。

一方、児童扶養手当がもらえることになっても、
子どもが3歳になってから5年以上受給している世帯は、

2008年4月から最大で半額まで減額されることが決まっている。
2003年には母子家庭の母に対する手当が5年後から減少する改正がなされていて、

ますます母子家庭の経済状況は逼迫する。
もちろん、これだけ離婚が増え、母子家庭が増えれば、

福祉だけではなりたたないのももちろんであるから、
母子家庭が特別なものではなく、

普通に自立できるようにするのが正当な考え方ではあるが、
子供にかかる、労力や費用を考えると、

残業時間に頼っている、民間企業の男性中心の職場の発想では、
とても、対応できない。

また、一方で、子どもの病気対応、子供の学校関係役員、地域の役員などの負担を強いられるのでは、
まともな職業に就ける状態でもない。

母子家庭は、労働者の権利が保障されている公務員に採用試験をうけさせてもらう特別措置でも
設けてもらうか?

あるいは離婚する男性には、養育費代わりに子どもが20才になるまで「離婚税」をかけるか?
児童扶養手当減額だけで、

それにかわる措置がないのでは、
母子家庭は確実に生きて行けなくなるのである。




保育園の送迎で朝よく会う、保育園の母仲間の一人が、
離婚寸前

朝の忙しいなか、ちょこちょこと相談だか愚痴だかを聞いていると、
最近かなり怒りがエスカレートしてきて、

本気になってきたので、行政書士の無料相談会を紹介した。
そこでアドバイスをうけ、いまやっていいことと、悪いことのアドバイスをうけたものの、

昨日ちょうど、保育園のお迎えに行っているときに、
離婚寸前の彼女から電話が掛かってきた。

別居状態になっているだんなさんと会い、
色々言われて、怒りが爆発し、

わたしに電話をかけてきたのである。
先日、行政書士さんに、アドバイスを受けたのは、

『離婚のみには同意して離婚届に判は押してあるが、
離婚後の財産や養育費について何も決まらないまま、離婚届を出すのは不利。』

ということだった。


しかし、もう、一刻も早く離婚をしたい彼女は、
『離婚届を出すこと』を怒りに流されてやってしまいそうな勢いである。
懸命になだめるのであるが、

怒りは収まらず、どうしようもないと思っていたとき、
夜のお迎えでよく会う保育園の母仲間が、お迎えにやってきた。

彼女は、離婚裁判真っ最中。
私が電話で話している内容を横でちらっと聞いて、

「あかんで〜。やったらあかんで〜。気持ちはわかるけどな〜。」
と横でささやき続ける。

私は離婚はしたものの、離婚だけできればいいと、さっさと家出したので、
揉めた経験はなく、

やはりこういうことは、離婚裁判経験者が強い。
『やってはいけないこと』を

止められるのは彼女しかいないと、
その場で電話をタッチ交代。

私の電話で延々と1時間弱、話し続けていたのでした。
御陰で彼女はなんとか

『やってはいけないこと』
を思いとどまったようだ。

同じ保育園とはいえ、送迎の時間が合わないと、
意外と知り合いにはなれないもの。

会ったことも話したlこともない、2人たちは、
同じ悩みをもつものとして

タグを組んだようだ。
離婚話は、人が違っても、持ち上がる問題がよく似ていて、

乗り越えてきた人たち、乗り越えようとしている人たちは、まるで戦友のようだ。
離婚経験者は知らない者同士でも、話しがかなり盛り上がる。






4才の息子をプールに連れて行った時のこと。
プールで少し泳いだあと、

着替えさせていると、
「なあ、お母さん、今日、お出かけする?」

と聞く。
お出かけしてるやん。」

「これは、お出かけちゃう。」
「え?お出かけやん。」

「お・出・か・け・ちゃう!」
4才の息子にとっての、お出かけは何なんだろう??

いろいろ方向を変えて聞いてみたが、
残念ながら、意味は不明だった・・・
先日から微熱が続いていた小学1年の娘。
夜、寝ていると、

「おかあさ〜ん。」
娘がと呼ぶ声。

「どうしたん?」
ときくと、

「あのな、しんどくなって”ゲー”した。」
娘がねていたところをみると、

吐物がこびりついている。
このままでは寝られないので、

シーツをはがし、掛け布団も汚れているので処理をする。
娘のをみると、吐物で汚れているので、

を洗ってやろうとしたら、
だけではなく、髪の毛、肘やにまでついているので、

結局、髪の毛から全身を洗うことになる。
時間夜中の3時。

時計をみた娘、

「なあ、なんで○○(弟)は保育園いかへんの?」

なんの話かと思っていると、何度も聞くので、
「いま、昼の3時とちがうえ。夜中の3時。」

というと、
「ああ、そうか」と納得。

夜の3時に時計をみたことがないのね。

きれいになった娘は、
すっきりした気分で、もう一度眠りについたのでした。

最近、夜中にたたき起こされることも
すっかり減って、

久々に、夜中の作業をなつかしいとまで思えるのでした。


季節の変わり目か、こども達の体調が優れない。
小学1年の娘は、2週間程度、微熱がずっと続いて、

学校を休んだり、保健室で寝ていたり。
数週間前小学3年の息子がそんな感じだったので、
病院に見て貰ったが、特に問題はなかった。

しかしまた、小学3年の息子も微熱が昨日またでた。
小学5年の息子も、しんどいと言い出している。

小学生組は、まだ熱が出ていても、家で一人で休ませておくこともできる。


問題は4才の息子で、取り敢えずはなんとか持っているが、
保育園は熱が出た時点で預かってもらえなくなる。


この風邪か何かが4才の息子に移って、2週間以上も
保育園を休み、仕事を休まなければならない事態になったらと
戦々恐々だ。

両親も体調を崩しているので当てにはできず、
保育サポーターさんに預けるのも、

いろいろ手数も掛かるし、経済的負担がかかってくる。
仕事と子育てを両立させるのは、本当に大変だ。





学童保育所で、春休みの間に
遠足が行われる。

昨日それを聞いてきた小学3年の息子。

「”兵庫県”行くね。楽しみやわ〜。」
というので、

兵庫県の何処行くの?」
「しらん。」

行くところも解らずに、一体何が楽しみなのだろうか?

よく聞いてみると、どうも、”ひょーごけん”と言う響きがわくわくするらしい。
子供の感覚はようわからん。

先週まで吹雪いていたというのに、
ここ数日、一段と暖かさが増した。

鴨川沿いのも、
早咲きのものは、つぼみが大きくふくらんできている。

行き交う人々も肩をすくめることも無く、
心なしか表情も晴れやかなようだ。

まもなく、鴨川は咲き誇り、
舞妓さんの髪にも、が咲くことであろう。

やはり、軽やかで暖かい春の兆しを感じるのは、
とても楽しい
3月のこの時期、年度末の忙しさに加えて、
周りがあわただしくなる。

非常勤職員や、派遣の職の人たちは、3月で、期限が切れ、
更新時期を迎える。

これを期に、他の職を探す人も多くなり、
にわかに職場は騒然となる。

子供が生まれる以前は、正社員だったので、
3月は、ただ年度末が忙しいだけであったが、

自分自身が、不安定な立場に立って初めて、
まわりの状況がわかってくる。

派遣非常勤職員は、ボーナスもなく、昇進もない。
このまま働きつづけられる保証もなく、

自分の将来をどう考えて良いのか、
考える時期にきているといえよう。

生活の保障がなく、安心して仕事ができないというのは、
やはり、精神衛生上よくない。

今の日本では、派遣非常勤職員から、正社員に登用されるという道が
開かれている会社はほとんどなく、

最初から正社員との道は異なっているて、正社員に繋がる道はない。
それは派遣非常勤職員である期間中、いくら頑張ってもその道が開かれることはまずない。

営業等、成果が数字であらわれる職種以外であれば
その努力が目に見えることはないため、評価されることもまずない。

私のつたない目でみていても、
優秀な派遣非常勤職員の人が多くいる。

しかし、その人たちが、さって行かざるをえない状況は、
本当に惜しいことである。

この3月は出会いと別れの時期。
明日は『我が身』である。

昨日、友人が家に遊びに来た。
友人が家に遊びに来てくれるのはいいのだが、

困ったことに、子供達がいると、
まったく、話しをさせてくれない。

いろいろな持ち物を見せようと、
しまってある物を持ち出してきて、

あっという間に片づけたはずの部屋が、
雑然と散らかってしまう。

部屋にいると、どんどん散らかるし、
なにかと大騒ぎになってやかましいので、

外へ連れ出す。
外に連れ出すと、それなりに他にも気が散って、

遊び出す子もいるが、
なかにはべったりくっついて、

話しをしていると、
「なんで話しばっかりしてるの。
石投げして遊ぼう。」

「こっちまで走ってきて。」
注文がうるさい。

子供達にとっては、『母の友人
ではなく、『遊んでくれる人』がやってくると
手ぐすねを引いて待っている。

いつも友人が来た後は、なんかあまり話しができなかったなあ、
と欲求不満が溜まる母なのでした。
家で、職場昼休みに、あった話をしていたときのこと。
昼休みってどんだけあるの?」

と小学5年の息子と小学3年の息子にいわれた。
「1時間。」


「ええ?おかあさんええな、仕事してお金もらえるのに、昼休み1時間もあるの?
ぼくらは中間休み、20分しかないで。」

「あのね、私らは中間休みはないの。昼休みだけ。」
昼休み、掃除する?」

「いや、掃除はせえへん。」
「じゃあ、ええやん。」

「そのかわり運動場ないで。休み時間にドッチボール追いかけっこできひんで。」

「・・・・・。」
どっちが得か、思案中の息子たちなのでした。
先日は、「俳優になりたい」と行っていた小学5年の息子。
今日は、

医者になる〜。」と言っている。
なにかちょっとカッコイイ者をみつけると影響されているようだが、

これからが面白い
友人の息子さんが優秀で、進学校の灘高校に通っていて、東京大学を目指しているというので、
それに対抗して、

「僕は、京都大学にいって戦うねん。」
(なにを戦う?)

「それでな、教授になるねん。」
医者教授はまた違うと思うけど?)

「それでな、退職したら、早稲田大学にいって、助教授(准教授?)になるねん。」

壮大な構想ではあるが、小学5年で、退職後のプランもあるというのは、
どうなんだろうか?
きのう、おしっこをたれて
保育園着替えをたくさんつかってしまった4歳の息子。

ズボン着替え長袖いっぱいいる〜。」
というので、


「自分で、自分のロッカー保育園ロッカーといっているので、
家の引出しもロッカーです)から取っておいで。」

というと、
「じゃあ、ふくろにズボン、『汲んでくる〜』」

ほお、ズボンは『汲む』もんなんやあ。
またひとつ、子供の面白い表現、発見。
友人が、近々オーストラリアに行く、という話をすると、
小学5年の息子曰く、

コアラぬいぐるみがほしいなあ。」

ドイツにいる友人からメールが来たというと、
ベートーベン銅像がほしいなあ。」

なんでそんなにフィギュア系好き?
「じゃあ、コアラ銅像は?」
「いらん。」

ベートーベンぬいぐるみは?」
「いらん。」

逆はあかんのか。
小学5年の息子。
俳優になりた〜い。」

と突然言い出す。
「どうしたん?まあ、やりたいのやったら、
応募してみてもいいけど、なれるかどうかわからへんえ。

オーディションやし。」
というと、

ふんふんと聞いていて、
「でもやりたい。お芝居とか好きやし。」

というので、
「まあ、やってみたいものはやってみたら。」

ということになっていた。
ところが、突然、

「おかあさん、キスとかしなあかんの?」
と聞いてくる。

「そうやなあ、役にもよるから全員とは言えないけど、
若者がやる恋愛ものの主役とかやったら、しなあかんのとちゃう?」

「ええっーーーっ。それはいやや。俳優やめる。」
「いやいや、主役か準主役くらいのかっこいい系の役は
やらなあかんかしらんけど、全員がやらなあかんこともないし。

まあ、いややったら断れるし、
それに子供はめったにやれっていわれへんとおもうよ。」

「・・・・」
どうも、キスをするかどうかが判断の基準らしい。

「まあ、いややったら断れるし、20才くらいになって
説得されてやってもいいかとおもうんやったら、

やってもいいし。

どちらにしても、今心配することじゃないとおもうけど?」

取り越し苦労は尽きない。

4歳の息子。

今日は楽しいお弁当の日。
二階建てのにしてや〜」(2段になっているお弁当のこと。)

朝からお弁当をつくっているそばにきて、
おにぎりはまるいのにしたら、お弁当箱のふたしまらへんで〜」

とうるさい。

四角がええ。四角。あ、やっぱ、三角。」
三角おにぎりができて、

今度はおかずをのぞきこんでいる息子。
「たこウィンナーいれて〜。もっといっぱい入れて〜」

おかずをいれて、果物をいれて、やっと完成。

「ご満足でしょうか?」

うんうん。とにこにこ顔でうなずく息子。
楽しいお弁当の時間になるといいね。
小学3年の息子は、ここ数日微熱がでていて、
学校を休んだりしている。

食事には起きてくるのだが、
「しんどい〜。寝ていい?」

と聞いて、寝るのに二階へ上がるのだが、
それからなにやら、ずっと

ごそごそどんどんと音が続いている。
どうやら懐中電灯(前に百円ショップでおもちゃに買ったもの)

布団に潜ってつけたり消したり
また秘密基地ごっこをしているのか。

起こすと、
しんど〜い。」

そらそうやろ。
あんな遅くまで騒いでたら。

「はよ起きて学校に行きなさい!」
と起こされている息子なのでした。

子供の頃の、自分だけの不思議な世界、楽しいね〜。