4人目を妊娠中に家出したシングルマザーが、子供たちと一緒に楽しく奮闘する記録です。
いよいよ今年も最後の日となりました。

皆様今年皆様にとってどんな年だったでしょうか?
我が家今年も賑やかに、

大掃除もそれなりに中途半端に終わっていきそうです。

皆様、どうぞよいお年を
今日も引き続き大掃除

4人分の子供たちの私物が増えて

本当にものが多いと掃除が大変。
いただきものの服とかも、使い勝手が悪そうでも

貧乏人はいつこまるかわからないので捨てきれない。
捨てるのもゴミ有料化で捨てるのも大変。

リサイクルも車がも暇もないからリサイクルにも持っていけない。
子供たちが独立するまでこのままなのだろうか。
今日はまたまた朝からすごい雨。
子供達を起こして、

小学生組にお弁当を作り、
4才の息子レインコートを着せる。

自分もレインコートを着て、
鞄をビニール袋にいれて・・・

と大騒ぎ。
保育園に到着するまでにへとへとになっている。

保育園につくと、レインコートを脱がせて、
それでも濡れている物は着替えさせて、タオルで頭を拭いて、

いざ、職場へ!
と行こうとすると、

「おかあさん!」
保育園の先生。

ふりかえると、
「今日で保育園終わりやし、お昼寝用のお布団、持って帰ってくださいね。」

そうやった。
他に置いてある衣類も、帽子や他の物も、全部一度持って帰らなければならない。

自動車でもないのにこの雨の日に、どうやって持って帰ろう?
自転車には載せきれないだろう。

職場を早退して、
保育園と家を2往復するか?

貧乏人が子育てをするのは、
なかなか難しい。

我が家ではまだサンタさんプレゼントブームが続いている。
「今年のサンタさんのプレゼンとはすごくよかったなあ。」
と上2人は、大満足だったが、

下2人はもう一つだったようで、
ちょっとトーンダウン。

4才の息子は、
保育園

飛行機もらった」
とか適当なことを言っている。

今日見ると、
保育園にはりついていた

サンタさんがいなくなっているのを発見。
サンタさんいないなあ。」

と4才の息子。
「プレゼンともってきたし、もう帰らはったんかなあ」

というと、
なぜか息子は嬉しそうに、

サンタさんがいたを見上げていました。
クリスマスの朝、

日本はクリスマスが休みではないから、
サンタさんのプレゼントが届いても、

朝ゆっくりこどもたちとそれを楽しむことができない。
小学3年の息子に届いた組み立て式ロボットは、

いきなり組み立て始めるが間違えて組み立て始めているので、
次が進まず、

「おかあさ〜ん、これ、おかしい!」
おかしいのはあんたや!この朝の忙しいときにって感じで、

「とにかく、部品がなくなったら、使い物にならへんから、絶対触ったらあかん。
お母さんが帰ってくるまで、そのままにしておいて!」

帰ってくると、
「おかあさん、できた〜。」

どうも私が帰ってくるまで待ちきれなかったらしい。
それでもまともに動いている。

ふりがながうってある説明書を見ながらそれなりにがんばったようす。
なかなかやるやん。

「おかあさ〜ん、今日お弁当なかった〜。」
と小学5年の息子。

「は?なんでないの?ここにお弁当おいておいたやろ。」
「あれ、〇〇(弟)が学童にもっていった〜」

「今日はクリスマスパーティが学童であるから、お弁当のいらない日やろ。
だから学童いってへんお兄ちゃんの一人分しかお弁当つくってへんのに、

学童組2人分のお弁当はなかったやろ。」

ほんとうに人のはなしを聞かへんやつやなあ。
小学校が休みになると、

ほぼ毎日、段取りがわからずに問題が勃発している我が家なのでした。
我が家でもサンタさんがやってきた。
子供達は、昨日の夜から大騒ぎ。

サンタさんにお手紙を書いたり、
サンタさんへのプレゼントとして折り紙を折ったり、

自分の持っているおもちゃを包んでみたり、
ケーキを少しのこしてみたり、

いろいろ準備に忙しい。
もともとお菓子の入っていたブーツをつって、

準備万端。
鳴子のようにして、サンタさんが来たら気が付くようにするらしい。

サンタさんは見られたら、消えてしまうと思うよ。」
というと、

「ええ〜っ。それなら見ないようにするわ。」

小5の息子は、
お母さん、ホンマに買ってへん?」

と確認し、
小3の息子も、

「あのお店いってへん?お母さん?」という。
『あのお店』、とは、いつもは開いていないのに、

クリスマスの日だけ夜中に開いていて、
お母さんがそこにいっぱいプレゼントを買いに行って、

自分はそれを見ていて見つかったらいけないので、
ロボットのふりをしていると、

そのまま誰かほかのお母さんに買われてしまったとのこと。

小5の息子は、
徹夜しよっかなあ。」

と私の顔をのぞき見て、
「やっぱ、やめとこ。めんどくさい。」

うん、君は無理やろなあ。

そしてクリスマスの朝。
サンタさん、来てる、来てる!」

みんなが夢中でプレゼントを開ける中、
ロフトベットの上で、自分では降りれなくて、

出遅れている4才の息子。
「だれか〜降ろして〜。」

と言っても、誰も聞いていず、ついには諦めて
「ぼくの分、開けて〜。」

とロフトベットの上から叫んでいる4才の息子なのでした。



「お母さん、お金持ちと結婚したい?」
と小学5年の息子。

「う〜ん、お金持ちにはなりたいかもしれないけど、
お金持ちとは結婚したいとはあんまり思わへんなあ。

相手をお金目当てで当てにするのもどうかと思うし、
お金持ちでも、いつも眉間にしわ寄せてたり、悪口ばっかり言うてる人と

一緒にいるのはしんどいしなあ。
お金は必要だけど、必要最低限あったら、中途半端なお金持ちはあんまり興味ないなあ。


テレビが一回り大きいとか、パソコンの性能がいいのが買えるとかぐらいではなくて、

仕事しないで世界一周旅行ができるとか、スペースシャトルに乗って、にいけるとか
ぐらいのお金持ちやったら自分はなれへんし、ちょっと結婚したいって思うかも。」

などというと、
「ふ〜ん。」

「なんでそんなこと聞くの?」
というと、

クラスの女の子お金持ちと結婚したいっていうてるし。」

たしかに。サンタさんを当てにするより、かなり現実的かもしれない。
小学5年になって、まだサンタさんがいると信じてくれている息子。
友人たちはすでにサンタさんのことは信じていず、

「おかあさんがクリスマスプレゼント買ってくれるとかゆうたはる。」とのこと。


もちろん、少しは疑っていて、
「おかあさん、本当に買ってへんやろなあ?」と疑いの目を向けてみたりするが、

買ってへんよ。信じてへん人のところへはサンタさんはこなくなるし、おかあさんが
買わなあかんようになるのとちがう?」

というと、取り敢えずは納得しているよう。

そこで、
「みんなサンタさんのことは信じてないのに、なんで自分は信じているの?」
と聞いてみると、

「だってクリスマスプレゼント4人分も買うの、おかあさん無理やろ。」
という。

「それは、おかあさんが貧乏やからってこと?」
と聞くと、

「そうそう。」

まあ、理屈は通っているか。

サンタさん信じるのはとても楽しい。
出来る限り信じていて欲しいと思うのである。
サンタさんにお手紙かこう!」
と小学校5年になって、まだサンタさんを信じている息子は、


サンタさん、なんで日本語わかるんやろ。」といいながらお手紙を書き出す。
ほしいのは『電子辞書』。


手紙のよこにご丁寧にほしい形のイラストまで書いている。
「おかあさん、何ほしい?」

「え?おかあさん?大人やん。」
「でもお母さん、がんばってるからくれるかもしれへんし。なにする?手袋?」


「そうやな。」
みていると、手袋の絵も横に書き出す。

ところが、いまひとつ絵のセンスのない息子。
どうもゴム手袋のようになってしまっている。

「ちょっと、柄を描いたほうがいいかも。」
またまた線を書き加えていく。

横はと見ると、
小学3年の息子はなぜかローマ字で書いている。

小学1年の娘はカタカナ
なんかちょっと苦労すると思いが通じるとおもっているのか。

どちらにしても、みんな日本語やんか。

「お母さん、悪いサンタさんっている?」
と小学1年の娘。

サンタさんっていっぱいいるの?一人かと思っていた。」

「だっていい人間とか悪い人間たとか。いい魔女とか悪い魔女とかいるやろ?
だから悪いサンタさんもいるの?」

う〜ん、悪いサンタさんとは何をする人だろう。
プレゼントを持ってこないでサボっているサンタさんか。

それでプレゼントが届かないこどもたちがいるのか。
小学校も3年ぐらいになると、プレゼントが届かない子供たちも多いらしい。
小学5年の息子が国語の問題をやっている。
ことわざが上半分と続きに分かれていて、それをつなげるというもの。


石の上にも・・・・?わからへ〜ん」
朱に交われば・・・・わからへ〜ん」


ぜんぜんしらのやなあ。大丈夫か。
「とりあえず、一応、書いてみ。」

「ひゃくききは・・・・いちみにしかず・・・・?」
当たってるけど読み方ぜんぜん違うし。『百聞一見にしかず。』

「きみ・・・こ?」
君子(くんし)や。」


君子(くんし)・・・・神頼み!」

・・・・・・・なんと根性のない君子・・・

もちろん、

君子危うきに近寄らず』
『苦しいときの神頼み』、と組み合わせるのでした〜。
小学校も冬休みに近づき、個人懇談会が行われた。
我が家では、3人の先生方に会うことになる。

それでもこの個人懇談会は、
やはり上の2人が個人懇談会の指定の日時の用紙を貰って帰ってこないで、

予定が立たずにいらいらした。
上2人は、連絡が取れずに本当に困る。

5年の息子の個人懇談会では、
連絡の用紙を持ってこないと言う話しからはじまり、

調理実習の日の朝に急にたまねぎや卵を持っていくと言ったり、
先日の職業訓練イベントの日に集合時間に来ないので、

先生が家まで迎えに来られた事件の話しに及ぶと、

「その日、何でお母さんに言わなかったんや、と聞くと、
おかあさんは忘年会で話せなかったといってたんですわ。

だから、それなら電話をするとか、メモを書いてはっておくとかするように言ってるんですが。」

と先生。
「え?息子には毎日帰ってきて食事作って食べさせてるし、会っていますよ。

連絡事項をメモや電話でしないといけないような状態ではありません。

忘年会は、私だけがいったわけではなく、職場の人が連れてきてもいいって行って下さったので、

4人連れで行きました。」

私が、夜に子供を放置して飲み歩いているみたいに思われていたのか。
ちょっとした息子のごまかしで、

とんでもないことになっている。
しかも、その日はお弁当が必要だったのに、それも言わなかったから、

そのまま行って先生がお弁当代を立て替えているから、
支払わないといけないらしい。

初めて聞いた。はよ言うて。
火の用心』の夜回りは、やはり子供だけでおいておくのは
火の用心』が悪いので、

連れて行くことにした。
仕事から帰って、コートも脱がずにそのまま

朝からある程度用意していた食事の仕上げにかかる。
できたものからこどもたちを追い立てて食べさせる。

それでももたもたしている子供たちは、
なかなか食事が進まない。

「はよ食べや〜」と追い立てていると、
4歳の息子は、「うんち〜!」

うんちをさせていると、
夜回り、いきますよ!」

と催促の誘いが。
町内の世話役の人が、町内の通るコースを先導してくださるとのこと。

「他、誰もいないの?」と世話役の人。
夜回りをする人を数人誘うようにいわれていたが、


2人ほど声をかけてみたが、断られていたのである。
「もっともっと声かけせんと。でもまあ、今更しゃあないし。」

夜回りが始まる。
「火のよ〜じん!」

といわなければならないが、
胃が痛くて口内炎がひどい私は、

小さな声での子供たちとの会話もおっくうなのに、
大きな声を何回も出すのは、かなり苦痛。

しかも、帰宅してからコートも脱がずに台所立ったままだったから、
体が冷えたままで寒くて声もでない。

唯一の救いは、子供たちがちょっとこの夜回りを楽しんでいるとこと。
拍子木をたたいたり、懐中電灯をもってみたり、ひのよ〜じんと言ってみたり。

それでも暗がりの中、4歳の息子がまた転んだりしてぐずぐず言わないかなと
恐れていたら、

小学1年の娘がしっかり転んで大泣き。
そこからの夜回りは、娘を片手でおんぶして、

4歳の息子の手をひいてということに。
拍子木と、「ひのよ〜じん」というのは、

子供たちに任せることに。
1時間弱の夜回りはとりあえず終わり、

帰ってきて4歳の息子曰く、
「あ〜おもしろかった。でも、時間がないからご飯がいっぱい食べられへんなあ。」。

食事を早々に切り上げさせられた4歳の息子は不満げなのでした。


町内組長をしていると、
家に帰ってからもいろいろと用事がある。

時間が指定されない配り物などだとまだよいが、
この時期、『火の用心』の夜回りがある。

拍子木をうちながら、
火の用心

町内を回るのであるが、
回り始める時間は夜8時から。

集合はその前、ということになる。
夜8時というと、

仕事から帰ってから必死になって食事の用意をして飛び出さないといけない。

こどもたちはまだ食事中だから、子供を置いて出かけなければならない。
子供はまだまだ小さくて、

家はエアコンでなくて灯油の暖房で危険なので、
私が帰るまで、

基本的に暖房はつけさせていない。
わたしが帰ると待ちかまえていたように

暖房をつけるこどもたち。
夜回りにでている1時間ほどの間、

やっとつけれた暖房なのに、暖房無しも可哀想だ。
かといって、私の留守に暖房をつけさせているのも何かと心配。

火の用心、と回っている場合では無いような気がする。

誕生日を迎えた娘に、
プレゼントをあげようと、

小学3年の息子はいろいろ画策する。
「はい、プレゼント

と持ってきたのは、
なにやら丁寧に包んであって、リボンもそれらしく付いている。

「ありがとう。」と嬉しそうに、
つつみを開ける娘。

中に入っていたのは、ずっと前に子供達に買ってあげた
ポケモン塗り絵


一冊はまあよかったが、
もう一冊を開けてみると・・・

「もう、塗ってあるやん。」と小学5年の息子。
塗り絵のノートで、塗ってあるのは親切とはいえないなあ・・・。

4才の息子も何か参加しなければと
自分の飛行機やら、クレヨンやら

せっせと自分のおもちゃばこから運んできて、
娘にプレゼントしている。

娘曰く、
「おかあさん、誕生日っていいなあ。」

と言うので、
「なんで?」

というと、
「だって、みんな色々持ってきてくれるし、
ストーブはこっち向けてくれるし暖かいし、

おかあさんはにこってしてくれるし。」

小さな幸せを幸せと感じられる娘は本当に幸せ者だ。
先日、電子ピアノを展示してあるのを見た。
何気なしにみていると、

最近の、科学技術はすごく発展しているのに驚く。

昔の電子ピアノと言えば、ふつうのピアノに比較して、
鍵盤数からしてあきらかに少ないわ、

音は貧相やわ、キータッチはへろへろで、
こんな軽いので練習してたら、本物のピアノが弾けへんわといた感じであるが、

今の電子ピアノはすごい。
スタインウェイ(楽器のメーカー。最高級のピアノとして、演奏ホールによく置いてある)

ピアノ再現したとかで、
音の響きがよい。

さらに、グランドピアノの蓋の開閉の程度による、ピアノの響きも表現。
そしてキータッチも段階的に設定可能ときている。

コンサートホールでも、本物のピアノに代わって電子ピアノが出現する日も近いのであろうか。

”を観る機会があったので、
こどもたちを連れて行った。

とか狂言とかは、世界的にも評価されているというものの、
現代のスピードや感覚とは一線を画したもの。

小学5年の息子は、
「あれ、おもしろくな〜い。」
と行くのには消極的。

確かに、わたしも子供の頃みたとき、
何をいっているのか解らない上に、わからない動き、

おそろしくゆっくりしたスピードに、
なんで面?

しかも、音楽は短調だし、旋律を持っているのは笛(管)と、
つまらなそうな顔をしたおじさまの唄だけ。

たしかにおもしろそうなものでもない。

しかし、あまり乗り気でない子供達を連れて行こうと思ったのは、
せっかく京都に住み、日本の文化を生で体験する機会をもっているのに、

その機会をむざむざ逃し、日本人として、日本を知っておくことは、
これから国際的なつながりをもってくなかで子供達にとって必要だと思ったからだ。

子供向けの物でもなかったので、
2時間、はたしてすわっていられるかがちょっと挑戦だった。

出し物は、狂言「鬼瓦」と「熊野(ゆや)」。
し〜んとする場面も多く、子供が黙っていても身体の動きだけでも、

気になるときも何度もあり、すこしひやひやしたが、それでも、
4才の息子までもがそれなりに静かに座っていた。

(5年の息子は面白くないからと眠りについていたが。)

今まで、わたし自身もとか狂言を何度も観る機会があったものの、
正直そんなに魅力的だと感じたこともなかったが、

今日は、鼓の音や、笛(管)の音がとても心地よく響いた。
スローモーションで動く動きも、とても静かな木の葉の揺れのようで、とても落ち着いた。

昔は、ゆったりとこんな風に時間が流れていたのかなあと、
とても癒される気分になった。

解らないとぐずぐず言う5年の息子に、
「話しの内容は、だいたいあんまりたいした話しじゃないし、
解らなくていいから、

お風呂にはいっているみたいに、のんびり、ゆったり、
見たり聞いたりしておけばいいよ。」


と言った。
畳や風鈴がそこにあるように、

解るとか解らないとか、気負わずに、自然に日本文化が子供達に受け継がれていって欲しい。

しかし、とここで疑問。
気負わずに、自然に見るには、にしても狂言にしても、歌舞伎にしても、文楽にしても

なんだかとても敷居が高い。
その昔、だって、猿楽といわれていたころなんかは、

もっと、庶民が自由にやっていて、自由に見ていたんではないのだろうか。
居住まいただしてお洒落な空間を楽しむ、西洋のオペラやクラッシック鑑賞と

鑑賞の仕方がごっちゃになってしまっているようだが、
本来は飲みながら、食べながら、出入り自由でやっていたのではないか。

芸術として洗練された現在の形もそれはそれで文化だと思うが、
一度タイムマシンにのって、

時代時代のの楽しみ方など、覗いてみたい物だと思った。

ここ数日胃がいたくて、
そのせいか口内炎がひどくなり、

食べるのも話すのも、おっくうになっている私。
保育園に迎えに行くと、

話しづらそうな私に保育園の先生も心配してくださって、
「大丈夫ですか?」

4才の息子も同じように、
「大丈夫?」

と聞くので、
ジェスチャーで大丈夫じゃない、と答えると、

ごはん作れへんくらい?」
と聞くので、

え?つくらなくていいの、と思って、うれしそうな顔で
うんうん、とうなずくと、

「いややあ、ご飯作って〜。食べた〜い。」
と大泣きする息子なのでした。
先日、
「今日は調理実習〜♪」
と朝からご機嫌の5年の息子。

朝から大騒ぎで夕食の材料を根こそぎもっていったくせに、
帰ってきて何のコメントも無し。

「ところで調理実習はどうなったん?」

「ああ、野菜炒め。はっきり言ってマズイ。塩とこしょうの入れすぎ。」
それは自分らがわるいなあ。

「卵はどうしたん?」
炒り卵にしたけど、バターの味しかしいひん。」

調味料のいれすぎやな。

それを聞いていた小学3年の息子。
炒り卵ってなに?」

小学5年の息子は答えて曰く、
ゆで卵ってしってるやろ?」

「うん。」
「それの反対。」

ときっぱり。
ゆでたまごの反対ってどんなんやろ?
「今日は調理実習〜♪」
と朝からご機嫌の5年の息子。

野菜炒めつくんね。で、たまねぎ3こ半頂戴。」
「は?材料もっていくの?」

「うん、たまねぎのかかりになったねん。ピーマンの係りもあるけど、
おかあさん、ピーマンもってへんやろ。」

あのなあ、どこのうちでも急に言って野菜はないの。急に言うのやめてくれる?
「ついでににんじんも。」

「ついでってなによ。今日の晩御飯の材料なくなるえ。
もう終わり?」

「あと、。一個でええから。」
「きみ、ぜったいもっていくまでにつぶすわ。ランドセルの中、でぐちゃぐちゃになるえ。」

「だいじょ〜ぶやって〜。」

しかし、当日にこどもたちに調理実習の材料をもってこさせてほかの子供たちは
ちゃんともってくるのだろうか?

5年にもなるとだいじょうぶなのか?うちの子供を基準にしているから、心配なのだろうか?
まあ、野菜炒めなら材料が少しぐらい足りなくてもなんでもなるか。




保育園で行われるお餅つきを楽しみにしている4才の息子。
その日は、おもちを食べるので、

お弁当は少な目に、ということ。
前の日から、
「明日はおもちつき〜」

朝から、
「今日はおもちつきやし、お弁当もつくってや〜」

という息子。
あれ?明日と違ったっけ?


と思いながら、
確認する余裕もなく、

お弁当を急いでつくって、
保育園に到着。

・・・・やっぱり明日だった。
お弁当を二つ抱えて、途方にくれる母なのでした。
小学3年の息子が国語の問題をやっている。

「おかあさん、これの答え『三(さん)』でいい?」


見ると、
空白の○のなかに同じ漢字を書きなさい、とのこと。


問題は、

・ 〇年のことだった。
・ みんな〇っていった。


「ほらな、『三年のことだった』は小学校の3年のときの話っていうのでええやろ。
それと、『みんな『三』、って言った』。何番がいいですか〜っていわれてみんな『三』、っていうんでええやろ。」

う〜ん、つじつまはいちおうあってるけど、どうかなあ。

答えはきっと、『去』だっともうよ。

去年のことだった。
・ みんな去っていった。
保育園作品展が展示されている。
保育園のホールに、並べられているのであるが、

これがなかなか見事なものである。
いっちゃあ悪いが自分の子供も含めて、ひとつひとつは

どう見てもたいした完成品ではないが、
色を統一したり、配置を考えたりと、

造形の先生のアドバイスも得たというが、
それは見事な世界が広がっている。

なかなか見応えのある、作品展だ。
PAP_0124-1.jpg


色紙でつくった、くしゃくしゃのサツマイモくんは、
綱引きに参加。

魔女の家であった魔女さんは、音楽会をやっています。
PAP_0119-1.jpg


お店やさんもたのしそう。
保育園作品展1

最近は、クリスマスがすごく早くなってきたような気がする。
11月の終わりから、保育園でもクリスマスツリーが出現し、

街でもクリスマスのイルミネーションがみられるようになる。
偶然発見した街中のイルミネーション。

こちらは平安女学院のもの。
クリスマスツリーは、ペットボトルで作成したもの。

絶滅寸前の野花を透明素材でつくってライトアップしている。
よく見ると美しいだけではない。

是非、近づいて見てみよう。
「おかあさん、俳優さんってな、キスってどうしたはんの?」
と小学5年の息子。

「どうしたはるってどういう質問?」
「なんていうか、本当にしたはるんとか。」

本当にしたはるとおもうよ。」

ええ!と驚く息子。
「ええ、そんなん気持ち悪いやん。」

いろいろなことが気になる年頃になってきたんやねえ。
4才の息子は、末っ子なのをいいことに甘え放題だ。
毎朝、「抱っこ〜」と

抱っこして階段を下ろして貰おうとする。
最近は寒いので、ぐずぐずしていると、

放っておりて、
「自分で降りてきなさい。」

と言うのだが、
「お母さん来て〜!!」

迎えに行くまで、階上で泣き続けている。
上の子供たちは、

下の子がいたから物理的に抱っこするのが
不可能だったのだが、

末っ子の特権とでもいうのだろうか。
保育園でも甘えたの息子は、

必ず私が抱っこして、保育士さんに抱っこのパスをする。
「重いなあ。」

と最近、しょっちゅう言われるほど、
息子は大きくなっている。

家では忙しい私に殆ど甘えることができない息子が

甘えられるのは、唯一、この朝の2回の瞬間だけかもしれない。
ちょっとだけだけど、心ゆくまで、甘えながら大きくなってね。
最近は、クリスマスイルミネーションの飾り付けも早くなってきた。
我が子通う保育園でも11月からクリスマスツリーが出現している。

そして、2,3日前から、保育園の壁にもサンタさんが出現した。
サンタさんは、ロープを伝って、煙突の方に登っていくところで、

壁に張り付いている。
息子は大喜びで、

いつも帰りが一緒になる同じ歳の女の子と手を繋いで、
「今日もサンタさん、見に行くで〜」

と、サンタさんが見える駐車場の方に向かって、走っていく。
女の子のお母さんは、

「そんな毎日見たって変わらへんで〜。」
と毎日の日課にちょっとめんどくさそう。

小さな2人は、いつもサンタさんが見える位置まで行って立ち止まると、
サンタさんをしげしげと、見上げている。
最近はだんだん寒くなって、

白いおひげや赤い服の裾が、
寒空にたなびいて、ちょっときつそう。

いつになったら、煙突に到達するんだろうね〜。CA390023.jpg

の慌ただしい中、玄関のベルの音。
『誰や、この忙しいときに』と玄関を開けると、

小学校の先生。
『え?うちの子まだ全員いるし・・・???』

と思っていると
「○○くん、いますか。」


「はい、まだいますけど・・」
「今日は『スチューデントハウス』に行くので、今からだと間に合わないので

直接バス停に一緒にいきます。」


なんだって〜!!息子は行事があって、その集合時間をすっかりわすれていたようだ。
小学5年にもなってほんと、頼りない。

ついでに、
「すみません、個人懇談会の用紙、また持って帰ってこないので、

学校にメールさせて戴いてます・・・」
個人懇談の用紙は、

今回も上の2人は持ち帰らず、小学1年の娘が持って帰って初めて知ったもの。
小学5年の息子は、

「あの用紙は『家庭数』(家庭の数だけ渡す物。同じ家庭で数人小学生がいる場合、
一番下の子が用紙をもらってくる。)やから、もらってへん。」

などと、まだのたまう。
だから、君の成績の話しや、学校生活の話しを妹の担任の先生と話すのかって言うてるでしょ。

まだまだ頼りない息子です。
私の職場では、早々と、忘年会が行われた。
4人の子供つきでいくことを許してもらう。

当日の朝。
小学5年の息子がごほごほと

咳き込んでいる。
「大丈夫?今日、忘年会いくのやめよか〜。いったらまた寝るの、遅くなるし〜。」

というと、
「いや、いく、ゴホ、大丈夫、ゴホゴホ、絶対、ゴホゴホゴホ、大丈夫〜ゴホゲホゲホ」


そんなに必死で行かなければならないもんでもないんだけどな〜。
ほかのものもこれぐらい執着してくれたらいいんだけど。


帰ってみると執念で体調を持ち直した息子。
忘年会へいざ出発。

職場のみんなに遊んでもらって大喜び。
小学1年の娘は、『頭相撲』をして、

全勝して大満足。でも、何度か繰り返すと、要領をつかんだ大人に負けだしてくる。
大人は甘くないぞ〜。

4歳の息子は、こっそりうまく立ち回って、人のケーキをゲットしている。
帰り道、気力で体力を維持していた、小学5年の息子。

どっと疲れた顔。
「ほ〜ら、だから行かへんほうがよかったんちゃう?」

というと、
必死になって元気を装い、

「そんなことない、そんなことない!」

なんでそこまで執着?

いずれにしても、子供たちにとっても楽しい忘年会だったよう。
職場のみなさん、ありがとう!
彼氏から、メールが来た。
もう、十数年会っていない。

彼は、私に会いたくて、連絡先を探したというのであるが、
彼は現在妻子持ち。

男性は、の彼女をいつまでも心に残しているというが、
彼もそうなのであろう。

私はフリーなので、どうということもなく、
彼の気持ちを聞くまでは、単になつかしいなあと思い、

もちろん会うのも問題ないはずであったが、

幻想を抱いているとなると、
ちょっとこれは問題。

彼の家庭に波風を立てないとも限らない。
でも、幻想をそんなに長くひきずっているのだとしたら、

逆に断ち切ってあげるために会うのもいいかなと思ったりもする。
現在彼は、私が何も伝えていないので、私の状況もあまりわかっていないが、

わたしが旧姓であること、以前済んでいた地域にすんでいることで、
なんとなく、シングルではないかと想像しているらしい。

そして彼は連絡先としては私のメールアドレスを知るのみ。
さて、みなさんならどうする?

滋賀県草津に行く機会があった。
滋賀県草津は、東海道と中山道が交わる地点でもあり、

京都を目前にした、最後の旅所である。
大名や位の高い方々がとまった『本陣』が残っており、

過去の泊まった記録などが残っている。
浅野内匠頭や吉良上野介などの記録もあり、

時代が下がると新撰組の土方歳藏、藤堂平助斉藤一などの文字が記載されている宿帳(大福帳)がある。

明治天皇も、明治維新に際し、東京に向かうときに利用したという。
心にとまったのは、江戸幕府第14代将軍徳川家茂の正室として、

江戸に向かったときにこの草津本陣で休憩をとったという、和宮
最後まで通過するのに4日もかかったという行列を従え、

二度と足を踏み入れることのない京都を背にして、
その胸の内はどんな思いだったことだろう。

しかし、その後、家茂を失い、和宮改め、静観院宮として

再び草津本陣の宿帳に名前を残しているのは、
歴史の重みを物語っている。
保育園にお迎えにいくと、
毎日だいたい同じ時間のお迎えの子と

帰りが一緒になる。
今日もいつもの同じ歳の女の子の手を引いて、

保育園ドアを出ようとする4才の息子。
保育園ドアの外はすぐ道路なので、が来る危険がある。

が守ったげるしな。○○は女の子やから。」
と誰に教わったか、逞しい言葉を言いながら