▼ あんぱんまんで
▼ 過去のトラウマ
一番下の息子が、実は双子だった。
そして一時だけ双子の一人を預けるつもりだったのが、
向こうはそのつもりは無くて、返してくれないという。
相手先と話しをしていた自分の母親に、どういう事かと食ってかかった。
母親は、「今さら返せとは言えない」といった。
2人でひとつの強い絆を持っているはずの息子をみて、
息子が片手を失ったかのようなくやしさを覚えた。
なんとかして取り戻さなければと思った。
そのくやしさで目が覚めた。
徐々に息子はもともと一人だったことが解ってきた。
・・・・・・・
私が一番下の子を妊娠したとき、
生活がなりたたなくて、離婚を言い出した時、
私の両親がなんとか結婚生活を立て直すために提案をした。
私がちいさなこどもを持っていては働けない。
生んでも生活が苦しくなるだけだから、お腹の子は諦める。
だが、私の両親は歳をとっているので3人のこどもの面倒をみるのは難しいから、
上の2人は関東の夫の両親に預ける。
下の娘はまだ2才なので、母親と離れるのは難しいから、
私の両親が見る。
私はその間にフルタイムで一生働けるところを探し、
就職して収入が安定し、子供達も大きくなって働く上で支障がなくなったら、
子供達を引き取るという提案だ。
両親も苦肉の策の提案だったのだろうが、
私はその時、きっぱりと、
「子供を捨てるくらいならだんなを捨てる。」
と言い切った。
上の子の事はともかく、お腹の子は諦めるようにと
いろいろなところからアドバイスを受けた。
やはり『こどもを奪われるかもしれない』という、
その時のトラウマが残っているのだろうか。
▼ プールのある日
まだ寒かったりするので、雨が多かったりするので
どうやっているのかは知らないが、
まあ、この時期からはじめないと、
すぐ夏休みに突入ということになるのだろう。
プールのある日は、体調チェックをしなければならない。
体温を測り、睡眠時間、朝食の有無、排便の有無、腹痛、頭痛、
かぜをひいているか、下痢をしていないかなどチェック、記入したあと、
保護者のサイン。これがないとプールにはいれないのだから大変だ。
プールのある日は朝からまた一騒動である。
▼ 調べ学習と発表
日本の各々の県について調べ学習をしているらしい。
彼の担当は『広島県』。
「広島って何があるの?」
と聞くと、
「原爆やろ〜、お好み焼きやろ〜、紅葉まんじゅうやろ〜、
野球チームやろ〜、あ、それと『クロちゃんで〜す!!』」
「『クロちゃん』って、広島出身なんや。」
「うん。それでな、原爆のことを調べて発表するねん。」
「へぇ。」
「すごい覚えてるで。ゆったげよか。死んだ人は、73○○○人、
負傷者は74○○○人」
と一桁の数字まで暗唱している。
「原爆の大きさは、直径1M○○でな、すごい?すごい?」
「う〜ん、すごいんやけどなあ、それ、きっと長崎の原爆やと思うえ。」
「おかしいなあ、『広島、原爆』で検索したのに。」
息子はちょっとがっかり。
「ええわ、長崎県担当のグループにあげよ。せっかく覚えたのになあ。」
なんとか立ち直っている息子なのでした。
「でも、作って残った原爆はどうしたんやろ。」
どうしたんだろう〜ね〜。怖い話です。
▼ 誰が来た?
身体を石けんでごしごし洗い、洗い流し、
「子供にも食器洗機みたいなの、ないんかなあ」と思いながら
次々と外へ送り出していたとき、
『ピンポ〜ン』
と玄関のチャイム。
う〜。今は出られへん。油断をすると、
子供達が玄関の戸を全開にしたら、エラいことになる・・
「今お風呂に入ってるし、出られへんって、
戸を開けないで言うて〜!!」
と叫ぶと、
小学1年の娘もまだ裸状態なので、
「お風呂で出られませ〜ん!」とそのまま外に向かって叫んだ。
お風呂から上がって、
「誰やった?」
と聞くと、
「隣の人。こっちはおばあさんやし、こっちの隣の人や。」
と娘。
う〜ん、若めの女性の声というだけだとわかりにくいなあ。
そこで2階にいた息子に、ひょっとして上から覗いていなかったかと、
「さっき来はったん、誰やった?」と聞くと、
「郵便屋さん。」
郵便屋さん?は普通、男性やろ?
言うことばらばらやなあ。
結局あとで判明したのはこの郵便屋さんと答えた息子の
友人のお母さん。
それにしても間違うかなあ。
息子にそれを言うと、
「あ、そうやったわ。」
どこまでテキトーやねん。
「お母さん、どこのユニフォームがいい?」
と聞く。
正直なところ、なんかプロ野球のユニフォーム、
あんまり良いとは思わない。
恐らく、なんか子供っぽい配色に、マンガチックにと
洗練された渋さを感じないからだと思う。
こどもをターゲットにもしているだろうから、
そのデザインでOKなのであろうが、
なにかいまひとつ、好きにはなれない。
「なんかいまいちやなあ。あんまりかっこいいのがないなあ。」
「西武は?松阪がきてたやつ。」
「却下。色が子供じみてる。ライオンマークがおちゃらけてる。
おかあさんは、渋めのが好き。」
「じゃあ、ソフトバンクは?
黄色と黒で渋いで。」
「却下。なんか蜂みたい。」
というと、息子は大笑いをして、それだけでは収まらず、
いつまでも思い出し笑いをしていた。
そんなに可笑しかった?
▼ 大雨の中のバザー
朝早くから強い雨が降っている。
今日は小学校でバザーがあり、バザーの当番があり、行かなければならない。
私の担当は、『うどんコーナー』。
うどんコーナーって、屋外じゃなかったっけ?
この大雨のなか、するんだろうか?
3才の息子を連れて行かないといけないが、
外だと雨で濡れてしまうなあ。着替えをもっていっても、
着替えさせる暇があるのかなあ。
風邪気味なので、保育園を休まれたら仕事にさしつかえるので、
本当は家でじっとさせていたいのだけど、そうも行かない。
雨の用意は大変。レインコートだけではすまないくらいの大雨。
2重にくるんで、着替えの用意が入った鞄もビニールでぐるぐる巻きにする。
小学校につくと、自転車から降ろして、レインコートを脱がせ、
やはりびしょびしょになってしまっているので、着替えをさせてと、
入り口についてからバザーの担当の場所までいくのに30分。
ちょっと遅れてしまって、すみません〜と位置につく。
ところが、3才の息子は、『だっこ』といって私から離れようとしない。
いざ店が開店する間際になると、
「子供さん、どこかに預けてきて。」
と言われる。
上の子供達に預けようと思っていたが、3才の息子は、
上の子達がいるところに置き去りにしようとすると、
大泣きしてすがりついてくる。
毎年、バザーになると、コレを繰り返さなければならないので、
うんざりする。
平日の当番もあるが、仕事があるので、行くことができない。
手伝いは、基本的に、子供を置いて、ということなので、
バザーの当番はかなりの負担だ。
3才の息子は、やっとお菓子につられ、上の子供達と一緒にいることになった。
うどんコーナーはテントの中とはいえ、雨の跳ね返りがすごく、
長いレインコートを着ていても靴はびしょびしょ、ズボンの裾もびしょびしょになってくる。
テントの継ぎ目からはぼたぼた雨が降ってくるし、客席は、別のテントなので、そこまでうどんを運ぶのにまた濡れる。
朝からずっと立っていると、身体が冷えてきて、かなり寒い。
風邪気味なので、わたしもかなりやばい。
3才の息子はとふとみたら、雨の中をほかの子供達と走り回っている。
これを止めにいくと、私にまとわりつき出すと仕事にならないので、見て見ぬ振り。
寒さの御陰で、意外と雨の中、うどんの売れ行きは好調だった。
バザーが終わると、雨の中の片づけ。道具をあらい、テントを片づける。
テントからは溜まった水が滝のように降ってくる。
みんな下着までびしょびしょだ。
夕方、びしょびしょになった子供を連れて、
家に帰る。
大人になって、こんなにびしょびしょになって何かをすることはそんなにない。
しかも、自分ひとりだけでなく、一緒に仲間がいるのだから、
この状況も楽しむこともできるだろう。
しかし、やはり、当番制で強制され、体調の悪いのを心配しながらでは、
とてもこの状況を楽しむことはできないのだ。
なぜか、小学校は、『フルタイムで働く母親』を想定していない。
そして、社会のシステムとしても
『子供を持つ親のための家事の負担及び小学校行事のための有給休暇』
は存在しない。
▼ 先生のお味は?
▼ 水イボ事件
ぷちっと1〜2mmのいぼのようなものができて、
それが、少しずつ増えてきた。
ちょっと気持ち悪いので、
お医者さんにいって診察してもらうと、
『水イボ』とのこと。
「ほおっておいたら治るけど、ピンセットとかで取ることができます。
でも泣きますよ〜。」
治るのは早い人もいるけど、遅い人は2年くらいかかるかな?ということ。
他の兄弟は水イボになったこともなく、
お風呂も一緒にはいっているが、感染する気配もないので、
まあ、いいかと放置していた。
ところが、小学校でプールが始まる時期になっても、
一向になくなる気配がない。
大丈夫とは聞いているけど、他の子供さんや子供の親御さんで、
水イボを知らない人は、さすがに気持ち悪いだろう。
とおもって、担任の先生に聞いていたら、
もう一度医者に見せてほしいとのこと。
結果的には、まあ、ビート版や浮き輪を一緒に使わなければいい、
という病院の方針だったので、その旨学校の先生に伝えた。
私の父は、「肌をだしたら、いじめられるから、プールはやめといたら」
という意見だったが、
いじめられる原因なんか言い出したらいくらでもあるので、
その意見は却下。
ほかのみんなに迷惑がかからないという、お医者さんの一般的な意見が
あるんだから、
娘には、友達に言われたらお医者さんがみんなに迷惑がかからないと
いわはったと言うように、と伝えた。
一夏中、水泳の時間、プールサイド見学の憂き目からあわや逃れた
娘である。
寒いときは少なかった魚釣りのおじさまたちが、
暖かくなってからは、だんだん数が増えだしてきた。
おじさまが増えると言うことは、魚が増えているということ。
そして当然、それを狙った鳥たちが増えるのか、
鳥たちの数も増えてきた。
いままでは、街の中で車と一緒に適当にあ、鳥という感じでしか見ていなかったが、
毎日決まった道を通るようになると、いろいろな鳥の種類がいるものなのだと改めて感じる。
京都は『ゆりかもめ』が有名で、冬の鳥しかいないのかと思っていたら、
なかなかどうして、この季節、目に見えて羽の色つやが冴え渡るように美しくなり、
思わず目を留めてしまうほどである。
生まれてからいままで京都に住んできて、鴨川だってほんの近くだったのに、
あともう少し近づくだけでこんな世界が広がっているとは本当に驚きだ。
鴨川を上から見下ろすのではなく、
一段下の河川敷まで降りてみよう。
川面と殆ど同じ位置に立つと、
コンクリートで景色が固められるほんの少し前まで、
自然と共に生きていた自分と仲間達を発見することができるのである。
(鴨川・野鳥関連↓)
http://www.pref.kyoto.jp/kasen/1170046924991.html
http://www.pref.kyoto.jp/kasen/1170046924991.html
▼ 3歳児も結構・・
▼ 漢字の成り立ち
▼ 『いらんこと』
▼ 昔の仲間たち
▼ 早くしなさい。
しかし、早くしなさいと言わずになんとかなるものだろうかといつも疑問に思う。
小学1年の娘は、とにかく寝るのが遅い。
まず、夕食を食べるのが遅い。
だらだらとひたすら食べている。
やっと終わって寝なさい、といってからがまた長い。
歯磨きにいくまでに一しゃべり。
コップをもちながら、一喧嘩。
パジャマをとりにいって、一遊び。
とにかく、早くて1時間、私が切れるときは2時間かかっている。
なんでこんなに時間がかかるのか。。。
起きている時間のほとんどは、
こんな訳のわからない時間についやされているということだ。
気持ちよく過ごせる1時間、2時間ならまだしも、
つねに早くしなさいといい続けてのこの時間。なんとかしてほしいものだ。
そこには鬱蒼とした森が茂り、寮の全体像を隠している。
寮にいたるアプローチは、乱雑に自転車がとめてあったり、
学祭でつかったあとの大型ゴミのようなものが置かれてあるのか、
捨てられているのか、判断がつかない。
その、使われてないかのような空き地の奥に寮があるのである。
建物は大正2年築のかなり時代がかって趣のある建物。
入り口のロビーらしき小さな空間には、
なぜか、ごろごろと男子が廊下にまで寝転がっていたりする。
こんな世界がまだあるのかと思わせるような、
中の住人でさえも時間に置いて行かれたかのようだ。
いま20才にもどって、男子であれば、
この森にまもられた寮にはいって
一緒にぐだぐだしてみたいと思う。
必ず、おじさんになった時、
かけがえのない思い出となるのは間違いない。
▼ なんの臭い?
▼ 怒らない方法
朝起こして、目をさますこと、起きあがること、着替えること、
朝食を食べること、とにかく一つ一つ数十分掛かる。
女の子なので、一人で行かせるのは危ないと、
小学5年の息子に必ず学校に一緒にいくようにと
いいつけてあるのだが、
毎日息子はイライラしながら、
「早せい!」
と怒鳴りまくり、
結局は遅刻をして、先生に怒られると言うことになる。
最近は女性を守ろうとしない男性も増えているので、
そのこともあって、
「遅刻をしても女の子の一人歩きは危ないから一人で歩かせてはいけない。」
といい付けてある。
当然、毎日の息子の息子のストレスは溜まる一方。
怒る息子の方を叱り、
「怒っても怒らなくても、1時間以上待たなくてはいけないのなら、
その間、怒るだけについやするのは勿体ない。
忘れて部屋の片づけとか、勉強とかしなさい。」
それでも人間、イライラの原因になる人間が横にいて、
なかなか忘れることはできない。
娘には、
「自分が酷い目にあってから後悔しても遅い。
一緒に行って貰うのは、自分を守るために必要なことだから、
自分がそのために努力できないのなら、
あと3回だらだらと時間をかけるのなら、
それからは一人で行って貰う。酷い目にあって後悔しなさい。」
今日は、なんとか息子の怒鳴り声も、
娘の泣き声も聞かずに朝の出発ができた。
いつまで続くかわからないが、
自分も含めて、怒らないで方法を考えたい。
たぶん、怒るというのも、怒らないというのも、
どちらの選択もちょっとしたことで変えられる。
どうせなら、怒らない選択をしたいと思う。
と言う息子。
なんでも、掃除をするのにだらだらしていて、結局時間内にできなくて、
その掃除当番の班は全員立たされていたのだという。
廊下に立たされるといっても、
息子達の顔をみていると、
暗く反省して立たされているような廊下は想像できない。
「あんたら、べつ廊下に立たされてもどうということはないんとちゃうの?」
というと、「そうやな、バケツ持って立つのはいややけど。」
というので、
「バケツもって立つことがあるの?」
とびっくりすると、
「いや。ない。」
わたしの時代でさえ、バケツなんかもって立っている子は誰もいなかったが、
なぜか『廊下にたたされる』=『バケツをもっている』
というイメージが受け継がれているのはなかなか面白い。
それにしても、『バケツをもって廊下に立つ』
というのは、本当に昔は定番だったのか、
あるいはマンガかなにかで定着したのだろうか?
3才ぐらいで一時、「終わりかな?」
と思える時期があるのだが、すぐにまた逆戻り。
小学1年生の娘も、パンツで寝るにはあまりにおねしょの頻度が高い。
3才の息子は、9割方、大丈夫だが、
朝から仕事にいくのに、おねしょの後始末に時間をとられるのは大変なので、
念のためおむつをさせている。
先日、寝ようとして3才の息子におむつをした。
そこへやってきた小学1年の娘。
紙おむつの袋をさぐっていて、
「あ、無い。」
「無くなってる?しゃーないなあ、それやったら、おむつ無しで寝る?」
と聞くと、
とっても不安げな顔をする娘。
ふと3才の息子がおむつをしているのをみて、
「あ、○○はおむつせんでもええんとちゃうの?それ、貸して。」
と、3才の息子からおむつを横取りしようとする娘なのでした。
江戸中期の画家で、京都の人である。京都錦小路の青物問屋の長男として生まれながら、家業のかたわら、狩野派、光琳派や中国の元代、明代の画法を学んだという。
私の周りでも、若冲ファンはちらほら聞くが、なんか山盛りの鶏を書いている人、というイメージがある。
なんでも今回は、開基足利義満600年忌記念として「若冲展 釈迦三尊像と動植綵絵120年ぶりの再会」とかで、
伊藤若冲の分蔵されていた最高傑作「動植綵絵」(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)と「釈迦三尊像」(相国寺蔵)全33幅が
およそ120年の時を超えて再会するとのこと。
良く解らないが、なんかすごそうなので、久々に絵画展など行ってみようかと出かけていった。
私のような、適当なファンも出向いたのか、
会場はごった返し。人垣ができて、こどもなんか肩車して遠くから覗かないと見えない状態。
それでも、訳のわかっていない小学一年の娘も入場料『1000円』。
『お願い、ちゃんと見といて〜!!』
という感じである。
三才の息子が、飽きて騒いだりしないように
「ほら、タコさんいるよ。あ、こっちはカマキリさん。
あ、カブトムシ。」
など、適当にごまかしながら見ていく。
しかし、一部屋に集結した「動植綵絵」は圧巻。
図録とかでみるのとは、迫力が違う。
私は小さいころから絵が苦手で、
なんとそれを表現してよいかは皆目見当が突かないが・・・
とにかくあの迫力。
魂がこもっているとはこのことかと思わせるばかりの気迫である。
▼ 体力が一番
▼ 3才の人付き合い
▼ 小市民
スーパーの安売りには、是非行きたい。
しかし、10時からとかやっているスーパーには、
働いているので当然行けない。
ところが、生活の必需品、決まった曜日に卵を特売しているスーパーが
朝8時から開いている。
職場にはぎりぎり間に合う時間だ。
一人1パック。
子供が多いので、できるだけ沢山買いたいので、
保育園に行く前に3才の息子を動員して、
スーパーに寄っている。
そして、今日もスーパーに寄るべく、万全の用意をしていくと、
「1家族1パックです。」
といわれてしまった。
家族が多いとそれだけ口が多いし、
買う量だって多いのに、なんで売ってくれないんだろう???
子供が多いとどんどんお金がかかるようでは
少子化対策にならんぞ!
と心の中で怒ってみても、仕方なく、
1パックだけをゲットしてすごすごと帰ったのでした。
▼ 脱臼??
保護者のお母さんと保育園前で少し立ち話をしていると、
3才の息子が、
「なあなあ〜おかあさん〜」と、
私が繋いでいた手を引っ張ると、
突然
「痛〜い!」
と大泣き。
そんな変な角度でもなく、そんな強くもなく、
ましてや自分で引っ張ったのだから、
無理な力が加わったわけでもないのに?
へ?と言う感じ。
一緒にいたお母さんも、???なんで?
と言う感じだったが、
息子は左手を上げることができず、いたいいたいと騒いでいる。
関節が外れたのかなと、思う一方、
たいしたことがなさそうな気もする。
でもやはり、痛いと大泣きを続けるので、
病院につれていくことにする。
近くの整形外科がまだ開いていたので、
入ろうとすると、
突然物凄い抵抗。
「いやいや〜。おうち帰る〜!!」
玄関口で座り込みの抵抗。
結局引きずるように連れて行き、
見て戴き、肘を触って戴くと、
腕があげられるようになった。
『はずれてはいないけど、はずれかけ』
ていたらしい。
3才の息子は、痛みもおさまって納得。
病院騒動で、また食事の時間が遅くなってしまった・・・。
チケットをいただき、オーケストラを子供達を連れて聞きに行ってきた。
3才の息子は、入場できないので、両親にたのんでお留守番。
フォーマルにする必要はないとは言え、
我が家では、『破れていない靴』『ひざに穴の空いていないズボン』を
着用していないか、厳しくチェック。
とにかく、どんな履き方、着方をしているのかしらないが、
とにかく、破れる、汚れる、穴が空く。
取り敢えず、小ましな服を探し出して、いざ出発。
会場につくと、『のだめ』の影響か、
かなり混んでいる。
自由席なので、席を確保しなければならない。
「前行く〜。」
といって前にいくと、
「なんか見えへ〜ん。」(背が低いので舞台が高すぎて見えない。)
「ここええわ。」
と前から3列目に陣取る子供達。
「あんたらちびちゃんなんやから、前に座られたら見えへんえ。」
とまたまた移動。
「2階行く〜。」
オーケストラの斜め後方からの席が空いていた。
「ここ、ちょっと後ろ姿やで。」
「いいねん。楽譜がみえるし。」
確かに。
ところが、そこは、楽器の音を拾うために、
天井からつり下げられたマイクがかなり目の前。
子供達のこそこそ声、
靴のキュ〜っとこすれる音。
ひやひやものだ。
1曲めは、ひやひやものですぎたものの、
楽器が良く見えるのでそれなりに子供達は楽しんでいた。
2曲目、3人中2人沈没。
静かでよい。
休憩の後3曲目。
この曲はしっかり起きて聞いていて、(見ていて?)
最後に感想。
「なんで、あの指揮者の人、出たり入ったりしはんの?」
確かに。
みんな座っているのに、一人だけうろうろと変だ。
曲は聴いたことがあるのかないのか良く解らないが、
やはり、視覚的にもオーケストラは美しく
子供達もそれなりに楽しんだようだ。
本当に、楽器というものは、音を鳴らすためのものであるのに、
どうしてあんなに美しいのかと思う。
▼ 大雨で出会う幸運
仕事でタクシーを拾おうとしているのに、なかなかタクシーが拾えず、
困っていた。
どれもこれもお客さんが乗っている。
とそこへ、お客さんを乗せたタクシーがとまり、ちょうど下りることに。
これ幸いと、お客さんが降りるのを待ち構えて乗せてもらった。
びしょびしょになっていたので、何とか乗れてほっとして、
やっと目的地に近づいたころ、
「四ツ葉のタクシーってご存知ですか?」
とタクシーの運転手さん。
「え?これ、四ッ葉ですか?」
京都に走るヤサカタクシーは、三ツ葉マークをシンボルであるが、
京都で4台のみ、四ツ葉のクローバーのタクシーが走っている。
先日、京都駅前で見かけたときは、信号待ちをしている人たちが、
「見て!四ツ葉や!なかなか見れないのよね〜」
と騒いでいて、みんな幸せな気分になっていた。
探すとなかなか見つからない幸運。
知らないうちに舞い込むのが幸運。
タクシーの運転手さんに記念の四葉のクローバーカードをいただいた。
▼ クッキー食べたい
▼ 何を描いた?
GOOD and NEW というのを発表していたら、
とてもコミュニケーションも、気分もよくなり、仕事の質が上がった
と言うのを読み、
我が家でも実践しようと一年前くらいからやっている。
3才の息子は、最初はまったく???という感じだったが、
そのうち、「○△※#・・・です!」
だけ言うようになり、
そのうち、「よかったこと」と言うという意味がわかるようになったのか、
テレビでみた、きりんさんとぞうさんが印象にのこると、毎日、
「きりんさんとぞうさんがみたのがよかったです。」
と同じことばかりくりかえすようになり、
最近はそれなりに毎日違うことを言うようになった。
すごい成長です。
昨日は、
「お絵かきをしたのがよかったです!」
というので、
「何を描いたの?」
というと、
「水。」
みずかあ。そんな、答え、大きくなったらあんまりしないなあ。
「どうやって描いたん?」
と聞くと、
こうやって、こうやって、と手振りで実践しながら教えてくれたのでした。








